リフレ派は日銀の理論を理解した上で批判しようという気があるのだろうか?

前のエントリーにはてぶで長いコメントを戴いたのだが、いろんな意味で興味深かったので、すこし取り上げてみる。

バブル崩壊/金融不安は経済学会でもまだ(実用的なレベルで)完成された理論・モデルはなく、故に金融緩和が金融システムを不安定化させる、という根本的な命題をアカデミックな理論的にどうこう言うことは無理。


そして、代わりに理論がまだ練れていない時に実用的となる、過去の事例を考えれば、今回のアメリカやITバブル、あるいはかつての日本や今後の中国(?)など、インタゲが無いところでこそバブルは起きている。


アカデミックな観点から(現在の蓄積では)反論できなければ日銀の行動は是認される、となれば日銀が次々と適当な理由を挙げていけば、ずっと何もしないことが是認されることになってしまう。そんな馬鹿な話はない。


つまり、日銀の挙げている理由は少なくとも現時点では”議論に値する”ものではなく、もしそれを根拠にインタゲ導入を拒否するのであれば、日銀側が頑健な理論と実証を示さなければならない。


そういったことをせずに、俗論レベルの理由を基に言い訳することこそが正に国民に対して「失礼」な行為であろう。


たとえば金融緩和がバブルを生んだという話として、テイラーがFRBの緩和し過ぎが危機の発端だと言ったものがあったが、その後、非常に恣意的なテイラー係数を使っていたことなどが指摘され広範な支持を得られてない。

これらの批判は一見それらしいが、やはり日銀の理論に対するまともな反論にも批判にもなっていない。 

上記では日銀の政策を批判する中で、金融緩和がバブルを生んだ話としてテイラー氏の研究例を持ち出して否定しているが、わざわざ海外の研究例を持ち出さなくても金融政策がバブルの一因となったという話は、白川日銀総裁自身が日銀副総裁になる前から研究テーマとしてきた分野である。


例えばネットで見つかる論文としては翁氏、白塚氏との共著として以下のものがある。

資産価格バブルと金融政策:1980年代後半の日本の経験とその教訓
翁 邦雄 / 白川方明 /白塚重典
http://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/kk19-4-9.pdf

また、書籍としては2001年に日本経済新聞社から発売された以下のものもタイトルどおりバブルと金融政策の関係を扱っている。

バブルと金融政策―日本の経験と教訓
白川 方明 , 翁 邦雄 , 香西 泰
なぜ、バブルは発生したのか。日銀の金融政策は、どこで何を誤ったのか。あるいは金融政策では食い止められなかったものなのか。日本を代表するエコノミストと日銀研究者双方が改めて問い直す決定版「バブル分析」。
http://www.nikkeibookvideo.com/item-detail/13224/

そして、これらの研究結果をいかに日銀の金融政策に活かすべきかという点についても上記の論文の共著者である白塚氏による以下の論文等に詳しく説明されている。

中央銀行の政策運営におけるマクロプルーデンスの視点
白塚重典
http://www.imes.boj.or.jp/research/abstracts/japanese/11-J-02.html

よって

要は、「インタゲするとバブル/金融システム不安」になる、という話は、そもそも政策論として(現時点で)議論の対象足り得ないのであり、簡単な事例を示す程度以上の議論が成されないというのも当然である。

というコメントについて言えば、「政策論として議論の対象足り得ない」とか「簡単な事例を示す程度以上の議論が成されない」というのはあくまでそれを否定することが最初にありきの視点からの批判、或いは希望的観測?に過ぎず、現実の世界ではそれは日銀が金融政策を考える上での議論の中心の一つであり続けてきたし、もちろんそれは「簡単な事例を示す程度の議論」だったり「俗論」だったりではなく、白川総裁自身のものも含めた数多くの研究をベースとしたものであった訳である。 

そしてそのことは日銀のサイト等を見ればすぐに分かる。


もちろん上記の論文の内容が間違っている、或いは不十分であるというような議論や批判は当然ありうる。 しかし、このコメントのようにそれらを参照もせずに、「俗論レベルの理由」だとかなんとかで日銀の理論があたかも経済学的な(或いはアカデミックな)背景を持っていないかのように言うのは結局の所プロパガンダ以上のものではないだろう。 


[追記]
話が拡散するので上記では書かなかったが、長期的に見れば過度な金融緩和、或いは通貨の拡張、こそが経済危機の要因になるという話はハイエク以降幾らでも研究されてきた話だし、近年では少し別の視点からタレブなども同様の指摘をしている。 リフレ派が信望する経済学理論・モデルの中でそれを都合よく説明できるような話は無いのかもしれないが、別に経済学の中にそれを説明できる理論・モデルが無いわけではない。