「日本の財政は"まだ"大丈夫」という人を信じられない理由

日本の財政の厳しさについては当ブログでも過去幾度か取り上げたことがある。 特にデフレを脱してマイルドインフレにさえもっていけば自然と財政問題が解決されるというような議論については、幾つかの試算を示し、国債金利の動向次第では、低インフレ下の現状よりも財政の悪化速度が加速するリスクが存在するのではないかという考察をおこなった(参照:インフレで財政再建は可能か?


しかし今回はすこし違った視点から「日本の財政」自体ではなく、「日本の財政は"まだ"大丈夫」という人々が信用できるのかについて考察してみたい。


もちろん上記の過去エントリーでも分かるように結論から言えば「信用できない」ということになるわけだが、その理由の一つは、彼らの財政に対する評価には「"まだ"大丈夫」と「"もう"駄目」の二つが殆どで「"今"」が存在しないことにある。


彼らの主張は財政破綻前の国に対しては

  • 「A国の財政は"まだ"大丈夫」
  • 「むしろ"今"緊縮財政を行えばかえって財政悪化を招く」
  • 「"将来的には"財政再建を目指す必要があるが"今"ではない」

と主張し、一方で財政破綻がはっきりした国(自力では財政破綻を免れ得ない状態になった国)には

  • 「B国にはXXという特殊要因があったから財政破綻した。A国は違う」

と主張する。 しかし、

  • 「A国は"今" 財政債権をしないと近い将来の財政破綻は避けられない」

というような事を主張することはほぼ無いし、特に

  • 「A国は経済状態が良くないがそれでも"今" 財政再建をしなければならない」

というような主張が聞かれることは皆無といって良いだろう。 


彼らの理論では「景気が良くないときに緊縮財政をしても財政悪化を招くだけ」ということが絶対的な真理となっており、もしある国が景気悪化に伴って財政危機が浮上した場合、「"まだ"大丈夫」、「"将来的には"財政再建をすべき」状態から、財政債権をすべき「今」を経ずに「財政破綻した」状態(自力では財政破綻を免れ得ない状態)へとワープしてしまうわけである。

しかし、現実には財政危機は往々にして景気悪化が引き金となる。 先日のエントリー(参照:ギリシャの何が問題だったのか? その教訓は何か?)で取り上げたギリシャの例などはその典型であるが、拡張的な財政政策によって経済成長を後押ししているような場合は、それが機能している間は経済成長が累積債務の増加を上回り、財政的に大きな問題が無いように見えるかもしれないが、何らかの理由で経済成長が鈍化すると財政懸念が一気に顕在化して金利が高騰して累積債務の増加は逆に加速し、あっという間に「財政破綻した」状態へと落ち込んでしまう。


逆からみれば彼らの主張上は財政再建すべきタイミングは「将来の」「景気が回復したとき」であり、「今」ではない。 しかし、「今」景気が悪い国が財政破綻せずにこの「将来」を迎えられるかどうかについては確固たる見方を持っているわけではなく、そこには「景気が悪い時に財政再建しても無駄」という定性的なロジックがあるだけである。


要はこういう人たちは「事後的にしか」財政破綻が起こるかどうかはわからないといってるのに等しく、これは「事後的にしかバブルは分からない」という主張に通じるものがある。 しかしこの二つが「事後的にしか」わからないという人達やその論拠となっている「経済学」は、バブルや財政破綻の兆候を感知することもできないだろうし、感知できなきゃ防止もできないだろう。 バブルも財政破綻もその自己成就的な性格からいつ財政破綻するのか正確に予測するのは確かに難しいが、そのリスクを高める政策がどのようなものかが分からないわけでは無い。 一部のリフレ派が主張している「政府紙幣100兆円発行」みたいなのは間違いなくリスクを高めるし、そもそも薬ですらない可能性が高い(まあ一部信者に対するプラシーボ効果ぐらいはあるかもしれないが)。


しかしそもそも財政再建すべき「"今"」を示せない理論に基づいて「"まだ"大丈夫」といわれて信用できるだろうか?? 「この薬は限度を越せば激しい副作用が出ます。 副作用が出る投薬量は分かりません。 でも "まだ "大丈夫です。」みたいな医者にかかる気には筆者はならない。


[追記1]

  • 「B国にはXXという特殊要因があったから財政破綻した。A国は違う」

の更に進化版?として

  • 「B国は財政破綻したが、それは結果に過ぎず、本当の問題は財政ではない」

と言うような不思議な主張も見受けられるようである。 

財政破綻する直前までは財政が改善していた(例えば債務/GDP比でみれば)などを根拠とするようだが、これは拡張的財政政策が一時的にGDPを押し上げている為にそうなるだけであり、実際には債務/GDP比が少しくらい下がっていようと破綻直前の累積債務は拡張的財政政策の結果、絶対額としては膨れ上がっており、膨れ上がっているからこそ金利の上昇で破綻に追い込まれるわけである。 当たり前であるが累積債務が十分に小さく、かつプライマリーバランスが達成されていれば金利が上昇しても破綻したりしないし、そもそも金利が上昇したりもしない。


又、「A国(日本)は違う」ことの理由として上げられるものは、殆どが「日本がこれだけ債務を積み上げてもまだ破綻していない理由」であって、「債務をこの調子で積み上げつづけても大丈夫な理由」にはならない。 どの国も破綻するまでは実績に基づいて「債務をこれだけ積み上げてもなお破綻しない理由」を見つけることは可能だが、その様なものを幾ら積み上げても「今後も破綻しない理由」にはならない。 累積債務を抑制し、かつプライマリーバランスを達成するという事(或いはそこに繋がるはっきりした道程を示すこと)こそが破綻を避ける王道であり、それ以外の裏道は上手くいったとしてもたまたまである可能性が高いだろう。


[追記2]
又、「景気が悪いときに緊縮財政を行えばかえって財政悪化を招く」という大本の理論自体もそれほど有効なものなのかどうか疑わしい。 

例えば、英国は不景気の中、緊縮財政を断行している。 英国の失業率はリーマンショック後大きく悪化した後、回復どころか未だに(ショック後の)最高値を伺おうかという情勢であり、かつ経済成長もマイナス成長すら予測される状況下での緊縮財政である。 上記の理論が本当に有効であれば財政破綻へ一直線に向かっていっても不思議は無い。 

そして実際に、その財政再建の成果は当初の期待(予測)を下回っておりそれをもって「やはり不況下の緊縮財政は財政悪化を招くだけだ」みたいな評価をする人もいる。 しかし、数字を見る限りその評価は結論ありきの評価であり、事実とは異なるだろう。

確かに財政再建のスピードは景気回復が(通貨安&高インフレにも関わらず)期待通りには進んでいないことなどを受け、当初の目標を下回っているが、それでも確実に進んでおり、2018年頃にはプライマリーバランスを達成できると言う見通しとなっている(下図参照。 但し個人的にはこの予測は2013年以降の急速な景気回復を前提としておりまだ甘いのではないかと考えているが、)


http://www.digitalhen.co.uk/news/business-15941412


将来のことは分からないものの一時期STUPIDの一員とされた英国がとりあえず現時点ではEU諸国の債務危機を対岸の火事と傍観できているのもいち早く財政再建に舵をきった成果と言えるだろう。 緊縮財政によって社会保障が削られたり公務員がカットされて失業率が上がったり等の「痛み」は確かに存在しているが欧州諸国の混乱と比較すれば、英国経済は低迷しながらも安定的な状態にあり、緊縮財政実施は正しかったと言えるはずである。