ドイツはいかに欧州債務危機を解決するのだろうか?

欧州債務危機問題はまだ出口が見えず、その中でユーロ共同債構想などに反対しているドイツに対する風当たりが徐々に増しているかのように見える。 筆者は現ユーロ体制を今後も長期的・安定的に維持するのであれば、ユーロ共同債のように大国が小国に間接的に補助をだすような制度と、各国の財政を厳しく律する制度の両立が必要であり、まずは目先の危機を納めるためにドイツの負担が必須であると考えているが、ドイツの立場からすれば簡単に呑める話では無い。

そういったドイツの態度に対して、「ドイツが"病的に"インフレを恐れて対応策の足を引っ張っている」、とか「そもそもドイツはギリシャが加盟したことによるユーロ安の恩恵を受けているのに、負担のほうには反対するのはけしからん」みたいな話まで出てきているが、こういった言説はドイツに関して言えば不公平なものではないだろうか?


インフレについて言えば確かにドイツは相対的にインフレに対して厳しい態度を取ってきておりその姿勢はECBにも反映されている。 しかしユーロが成立して以降リーマンショックまでのギリシャのインフレ率は3%代であり、ギリシャが破綻したのはドイツがギリシャを低インフレ・デフレに追いやったからではない。 むしろドイツはその間1%代前半から2%代の低インフレが続いていたわけであり、低インフレが問題だというならドイツ経済にこそ問題が表れたはずである。又、事後的な処置としてユーロ圏全体のインフレ上昇に繋がるような対策を打つことは、ドイツにとっては国債金利負担が上がる一方で、国内のインフレ上昇は他国より低くなる可能性も高く、結果として財政が悪化することにも繋がるリスクがある。 それはドイツ国民からみれば結局他国の財政を負担しているのと変わらないことになるだろう。


ギリシャが加盟したことによってユーロ安になったという説明もおかしい。 経済が弱い国の加入によって通貨安になるということは、逆に言えば経済が強ければ通貨高になるという事で、これは正しい面もないわけではないが、いずれにしろGDP比でいえばギリシャはユーロ圏の2.5%程度であり、しかも主力産業は観光業や輸送業でユーロ圏全体で見た場合の経済の強さにそれほど影響するとは思えない。


更におかしいのは、そもそもギリシャ加入によって「ユーロ安」になったという指摘が何を指しているのかさっぱり分からないことである。ユーロが実際に法定通貨として発足したのは2002年1月であり、ギリシャも当初からのメンバーであったが、それ以降リーマンショック前までユーロはほぼ一本調子でドルに対しても円に対しても大幅に「ユーロ高」になっており(下図参照)少なくともリーマンショック前までにドイツがユーロ安で恩恵を受けたという事がそれほどあったとは思えない。 まあギリシャが加入しなかっ"たら"、更にユーロ高になっていた"はず"だみたいな主張は常にありうるが、上記のようにギリシャの経済規模から考えればその蓋然性は低いのではないか。



http://www.iima.or.jp/research_gaibu.html


では、ドイツがギリシャを初めとするPIGS諸国からの恩恵を全く受けていないかと言えば、そうではないだろう。 PIGS諸国が財政規律を無視して積極財政を大盤振る舞いし、国民の所得をかさ上げさせたことによってドイツの製造業がユーロ圏内の売り上げを伸ばすことができたことは間違いない。しかしそのような積極財政の大盤振る舞いは長期的に維持可能な水準を超えており、結果として今回の財政危機を招いたのである。
またリーマンショック後には確かにユーロ安になったが、それは他のユーロ各国も同じであり、その中でドイツだけがそのユーロ安を輸出増に結び付けられたからといってギリシャのお陰とは言えないだろうし、ストック面ではユーロ建ての貯金の目減りにも繋がっているわけでドイツの一般の人々にとっては必ずしもありがたい話ばかりでもない。


ではドイツはこういった間接的な恩恵を受けたのだからPIGS諸国の債務を直接的、或いは間接的に負担すべきなのだろうか?


現状は金遣いの荒い人間が銀行に金を借りて散在しまくった挙句に首が回らなくなったような状況である。 どう考えても責任があるのは借金してまで浪費した人間で、次が金を貸し込んだ銀行だろう。 たとえこの人間が散在したことによって売り上げが上がった飲み屋や電気屋があったとしても、だからといって金を出せと言われる筋合いは全く無い。

ドイツの場合は、国内に金を貸し込んだ金融機関も抱えているし、金融システムの不安定化は実体経済にも影響を及ぼすことから「金を出せと言われる筋合いは無い」と言い切れるかどうかは微妙な部分もある。 またギリシャからみれば積極財政をしたくなる理由、或いはしやすい状況、があったことも事実だろう。しかし少なくともドイツの国民の多くにとっては負担を強制される筋合いは全く無いと言い切れるような話ではある。


最終的にはドイツは一定の負担を引き受けることになると思うが、それは各国が今後は財政規律を守るというコミットメントと引き換えになるだろう。 ドイツにとってはここでユーロを破綻させるよりは、一時的な負担をしてでも各国に財政規律を守らせた上でユーロを存続させる方がメリットが大きいはずである。 しかし、もし他国がどうしても財政規律を守るというコミットメントをしないのであれば、破綻させた方がマシという世論が盛り上がる可能性も否定できない。 そして破綻した場合の衝撃はドイツにも及ぶだろうが、ドイツ以外の国のほうが遥かに大きくなるはずである。

欧州債務危機問題の解決は結局の所ドイツ次第という状況である事は間違いないが、ドイツが「ユーロで恩恵を受けたんだから払って当然」というような簡単な話では無い。 PIGS諸国がドイツを(メルケルを)納得させられるような案を出し、その他のユーロ各国が財政規律の強化をコミットし、その上でメルケルがドイツ国内を説得しなければならず、問題の解決にはまだ超えなければならない関門が多くありそうである。逆に「タイムリミットは○○まで」みたいな話はそれほど気にする必要はないだろう。ドイツがさじを投げない限りは本当の「タイムリミット」は来ない。唯、その場合この問題は世界経済への重しとして存在し続け、世界経済は低空飛行のまま推移することになる。ユーロ圏外の部外者としては関係各国が「痛み」の分担を受け入れて、問題が早期に解決されることを願うばかりであるが、残念ながら現時点での見通しが明るいとは言えないようである。


[追記]
借金によって支えられた経済成長が破綻したという意味では米国のサブプライム危機も同じ構図だろう。 借金による経済成長であっても維持できている間は目先の国民の効用にはプラスかもしれないが、長期的に維持可能な水準を超えればいずれ破綻し、甚大な悪影響を借金していない人間にまで及ぼすことになるという事である。


参照:米国における経済格差拡大の推移
http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20111024/1319451260