混合診療の解禁をゲームの理論っぽい観点から考えてみる

混合診療と国民皆保険制度の関係についてもう少し違う視点、医療取引をめぐる交渉ゲームという視点、で考えてみる。


国民皆保険制度はごく大雑把に言えば健康な人も含めて全ての人から保険料を徴収し、国が一括した上で医療関連企業や医師会などと交渉して対象、価格を決める制度である。この制度では、個人単位で(つまり市場を通じて)価格が決定される場合と違い、買い手側(国)の価格交渉力は非常に強い。 それは超大口顧客になっているという理由に加えて個人単位の切実さを客観的、或いは統計的に評価する事が可能だからである。 そして現実にこの制度によって日本の医療費は先進国内で最低水準(対GDP比)に抑えられており、一方で受信回数は最高水準となっている。つまり費用を気にせず気軽に診察にいけて、かつ負担は相対的に低いという状態が実現できているわけである。


しかし、これは医療関連企業から見れば談合を組まれてるようなものであり、愉快ではないだろう。 自由市場が存在すればより多くの収益があげられるはずなのに、それが阻害されているわけである。


医療関連企業から見てこの状況を覆す方法は二つある。


一つは保険制度を市場原理に沿わない不公正な制度と訴えることである。しかし、たとえ原理的にはその通りであったとしても、この訴えが広く人々に受け入れられる可能性はあまり無いだろう。


もう一つは談合を切り崩すことである。つまり談合外での医療関連企業と個人間の直接取引を増やす事によって政府の価格交渉力を低下させて談合としての保険制度を有名無実化するという戦略である。 これは売り手側の商品(先端医療)が特定の個人に対して非常に強い訴求力を持っている事を考えるとかなり有効な戦略と考えられる。

それに対して談合側が取れる対策の一つは談合破りにペナルティを与えることである。 混合診療の禁止は(もちろんペナルティだと明示されているわけではないが)直接取引を行うなら談合によって得ている利益、つまり保険対象部分の低価格医療、は享受できなくなるという事であり、直接取引に対する抑止力として働く。


これは局地的にみれば、確かに理不尽な状況を生み出す。 保険対象の医療を受けた上で、10万円分だけ対象外の新薬を使いたいのに、このペナルティのせいで追加費用が100万円になってしまうようなケースも考えられる。しかし、上に述べたように局地的には理不尽でもこの医療費を巡るゲーム全体をみればこれは談合を維持するコスト、保険制度によって維持されている割安な医療費を維持する為に必要なコストである事がわかる。 


しかし現実問題として先端医療を必要としている人々は存在するし、それを上記のようなロジックで単に保険制度維持の為の「コスト」と切り捨てるのは現状追認に過ぎないという批判もあるだろう。では談合を壊さずに先端医療にアクセスできるようにするにはどうすればよいだろうか? 


一つはそもそも保険対象外の診療自体を全面的に禁止するという方法が考えられる。 そうすれば先端医療であっても政府が認める価格にせざる得なくなる。これを突き詰めれば、医薬品や医療技術の開発は全て国有機関(非営利機関)で行なうということも考えられる。 しかし、この方法では新たな薬や医療技術を開発しようというインセンティブを削ぎ、技術の進歩を阻害することになってしまう可能性が高い。


もう一つの方法は談合の規模を拡大することだろう。 より多くの保険金を国民から集めて、より高額、先端的な医療も皆保険の対象にすることは国民さえ納得すれば可能であるし、保険金の負担を累進的にすれば格差縮小にも繋がる。 

ただ、これは基本的には評判の悪い「増税による社会福祉の拡充」と同じである。 現実には財務省は予算の抑制を常に狙っているし、事業主負担を減らしたい企業ももちろん反対である。 また実際に被保険者負担を支払っている人々の中で先端医療が必要な人間は数としては極めて稀であるので、一般論としては保険拡充賛成でも自分自身の負担増には断固反対という人間は多いだろう。


しかし筆者としては日本の皆保険制度の変更を行なうのであれば、この方向しかないと考えている。 日本は既に十分に豊かであり、経済成長が国民にもたらす効用増の総計よりこういった再分配や社会福祉の拡充がもたらす効用増の総計の方が大きくなっているのではないかと考えるからである。


[追記]
コメントで質問を受けた「医師会の反対」について書き忘れていたので追記

なぜ医師会が混合診療に反対しているかといえば、それは保険制度が国民にもたらす効用を守るため、、、ではなくそれが医師会の多くの構成員にとって得にはならないという判断があるからと思われる。

一見このエントリーの内容と矛盾しているようであるが、そうでもない。 医療関連企業の収益の総計が上がるからと言って、現時点で医療に従事している全ての主体の収益が均等に上がるという訳ではないというだけの事である。 


今の開業医が中心となった日本の医療システムは皆保険制度に最適化されており、卵が先か鶏が先かはともかく、医師会も開業医が中心となって組成されている。

開業医といえば日本では高額所得者というイメージがあるが、自由市場の中の位置づけとしては一零細企業である。 例えるなら小規模の小売店が中心の団体が大規模小売店舗立地法の廃止に反対しているようなもので、何の不思議も無いことになる。