米国における経済格差拡大の推移

ウォール街で始まったデモは世界に広がりつつあるようである。 


現状ではその統一した主張が何なのかわかりづらい面もあるが「We are the 99%」というキャッチフレーズが用いられているように少なくとも「格差」というのが一つのキーワードになっていることは確かであり、「反格差デモ」と紹介されている記事も多い。 そこで本エントリーではその発信地であるアメリカでの経済格差が過去数十年でどのように広がってきたのかをいくつかのデータを基に考察してみる。


まずCensusのデータから1970年以降の米国における世帯所得の推移を以下に示す。
上図はインフレ率を考慮した上位5/20/40/60/80%の世帯の所得の推移を示したもの、下図は1970年を100とした変化率を示したものとなっている。



まず目に付くのは下位20/40%の人々の世帯所得が殆ど伸びていない事である。 率にして40年間で+7-8%、金額にして下位20%は+1.5千ドル(18.5→20.0)、40%は+2.6千ドル(35.4→38.0)である。

一方で、上位5%は+56%、上位20%は+36%増えており、金額にすればそれぞれ+65千, +27千ドルと大幅に伸びている。


少なくとも実質的な世帯所得面でみれば、米国の経済成長は下位40%(以上)の人間を置き去りにしたまま、上位の人間が所得を伸ばすこと、つまり格差を拡大することによって成し遂げられてきたように見える。


更に期間ごとにグラフをみてみると、2000年以降については上位5%を含め、図示した全ての区分で殆ど世帯所得が上昇していないことが分かる(又、5分位毎の平均値のデータを見てもほぼ同じ傾向が見て取れる)。 特に下位20/40/60%では2000年の世帯所得を一度も超えることができていない。

この期間の米国がずっと不況だった訳では無い。むしろ一般的認識としては、米国はかなりの好況だったはずである。 実際に当該期間の名目GDP、実質GDPを見ると、全体としてみれば2000年代(特にITバブルから立ち直った2001年以降)はリーマンショック前までは米国経済は順調に拡大し続けてきていたのが分かる。



http://ecodb.net/


そうであるなら拡大を続けた実質GDPと停滞した世帯所得(実質)の差はどこから現れてどこに消えたのだろうか?


単一の要因に帰することはできない話ではあるだろうが、幾つかヒントになりそうなデータはある。

以下は米国の家計債務と政府債務の推移であるが、両者とも2001年以降にかなりシャープな増加を見せているのが分かる。 これらのデータからは家計債務と政府債務の増大(の加速)が世帯所得の伸び以上の実質GDPの伸びをもたらす要因となっていたことが伺える。



http://www.marketoracle.co.uk/Article30117.html


ではこれらの債務(借金)を基にした実質GDPの上積み分はどこに消えたのだろうか?

単純に考えれば、家計、政府、企業のうち、家計と政府は収入はたいして増えない中で借金を積み上げて支出しているわけで、残るは企業となる。 又、下図の通り、2001年からリーマンショック前までの米国に於けるCompany Profitは2倍近く上昇している。



http://economix.blogs.nytimes.com/2010/11/23/visualizing-booming-profits/


もちろん巨額の利益を上げてもその利益を配当すれば所得の一部となり、少なくとも世帯所得上位の人々の所得増には貢献するし、それが1970年から2000年までに広がった格差の一因だったはずである。では2001年以降何が変わったのだろうか?


以下はWSJで紹介されていた米国企業の自社株買い金額とS&P 500企業の現金残高の推移であるが、2000年代は共に非常に高い水準(伸び率)となっているのが分かる。 このグラフからざっと読み取った範囲だけでも、企業は約7年間の間に、ざっと2兆ドルの自社株買いをし、さらに1兆ドルの預金を積み上げている。



http://jp.wsj.com/US/Economy/node_93589


米国企業は政府と家計が借金を積み上げて作った需要の一部を吸い込んで現金として保有し、更にその一部を自社株買いに使う事によって、金融資産価格(株価)の底上げに使ったわけである。 (そして金融機関に溜まったこれらの余剰の資金は低所得者用のサブプライムローンを含む家計の借金に化けることとなった。)


又、株価以上に伸びたのは不動産価格であり、米国REIT(Dow Jones Equity All REIT Total Return Index)で見れば2007年のピーク時には2000年初頭の4倍以上になっていた。


http://www2.goldmansachs.com/japan/gsitm/funds/usreit/tamago.html


つまりこの期間は、世帯「所得」における格差拡大は停滞したものの、「資産(借金)」における格差が(所得を通じずに)直接拡大した期間とみることができる。


これらのデータに対する筆者なりの解釈・考察については次回エントリーで行いたいが、どっちにしろ下位の人間は2001年以前も以降も世帯所得面では経済成長から取り残され続けているということは確かなように見える。それでもサブプライムローンが健在だった頃はそういった人々も自宅を持つことができ、その資産価格の上昇に夢が持てたのかも知れないが、今はその夢も無くなり借金返済に追われているわけで、確かにデモの一つでもしたくなっても何の不思議もないだろう。ただ問題は現況に対してこれといった解決策が無いことであり、これが最初に触れたデモとしての統一した主張の見えにくさにも繋がっているのではないだろうか。