QE2(米国版量的緩和)は何を解決したのか?

リフレに関する議論ではイギリスの量的緩和は予後がよろしくない為か、米国の量的緩和(QE1/2)を成功例として挙げる議論が多いように見受けられるが、QE2は何を解決したのだろうか?


各種統計データを単純に見た限りにおいては、QE2が成しえたのはインフレ率と株価を引き上げることで、成しえなかったのは住宅資産価格と失業率を回復させることだろう。


このことはどういう意味を持つのだろうか?


日本のバブル崩壊後のデフレ不況についてはバランスシート不況(或いはデットデフレーション)だという見方がある。要は資産バブルが崩壊して企業・個人・銀行のバランスシートが痛んだことがその後に続く不況の原因となったという見方である。サブプライム後の米英の不況も資産バブルの崩壊が契機となっているという点では非常に似ている。

住宅バブルの崩壊で痛んだバランスシートを直接的に回復させる為には住宅価格を回復させることが効果的であるが、QE2は住宅価格を直接回復させることはできなかった。よって住宅バブルの崩壊で痛んだ個人のバランスシートは今も痛んだままである。

一方でQE2によって株価と国債価格は上昇し、直接的・間接的に政府に救済された金融機関のバランスシートは(表面上は)急速に回復した。米国では10%の富裕層が金融資産の80%を所有しているとされているが、この人たちのバランスシートも回復しただろう。

そして今注目を集めている米国のデフォルト問題を見ても分かるように政府のバランスシートは大きく毀損した。また、中央銀行のバランスシートはまだ毀損したわけでは無いが、大きなリスクを抱え込んだことは間違いない。


資産バブルの責任が誰にあるのかという点についてはその視点によって様々な犯人があげられるが、バブル隆盛の折、最も大きく儲けていたのが金融機関であり、その経営者や株主である富裕層であった事は間違いないだろう。

結局バブルで儲けた人間のバランスシートは回復し、バブルに踊った人間のバランスシートは大きく毀損、そしてバブルと関係なかった多くの国民のバランスシートは政府のバランスシートが毀損したことによる増税と社会保障の削減、金融緩和の影響を受けたコモデティ価格の上昇、そして中央銀行のバランスシートが毀損したことによる将来的なインフレリスクにさらされることになったわけである。


金融機関だけが政府によって救済されることについては不公平であるとの批判が強かったが、筆者の考えではこのストーリーで本当に問題なのは不公平感ではない。感情的にはいかに不公平であっても金融システムがリスクにさらされているという事は経済全体の安定がリスクにさらされていることに等しく、何らかの形で救済せざる得ない。

むしろ問題なのは今回のような対策(QE1/2)が固定化すれば、バブル的な「なにか」で儲けようとするモチベーションに対する抑制が更に効かなくなることにある。富裕層はそれ以外の層と比較すると、コモデティ価格の上昇やインフレリスクに対してより広範な対策を取ることができる。もしバブルで大きく儲けるチャンスがあり、バブル崩壊後の痛みは政府を通じて国民で広く共有されると言うなら、経済全体にとってはマイナスでも、特定の集団にとってはバブルを産み出す事はきわめて合理的な判断となる。


米国・英国は量的緩和政策をやるのであれば同時にバブル防止への強い規制をかけるべきであったはずだが、バブル防止は景気引き締めと政策の方向性が近く、未だ景気回復から程遠い段階でそのような対策を取ることは難しいし、英国では金融機関が海外に逃げ出し始めてすらいる。


そして過去に何度もバブルをひきおこした過剰流動性は、今回は国内以上に海外にあふれ出しており、新興国市場と世界共通の市場であるコモデティ市場に流れ込み、バブル崩壊の芽を確実に作り出している。


米英で実施されたリフレ的政策(注1)が当該国の短期的な経済回復に効果があったかどうかは「経済回復」の定義によるかもしれないが、仕方がなかったとはいえ公平性の面からはやはり問題があったし、そもそも長期的な世界経済の安定に寄与するものであったかどうかについても甚だ疑わしいと言わざる得ないというのが筆者の見解である。


(注1)
以前にも書いたが米国のQE1や英国の量的緩和第一弾(規模拡大前)については、リフレ的政策というよりは世界的な金融危機回避の為の流動性供給であり緊急避難的な対策だったが、一方で金融危機懸念がひとまず解消された後に行われたQE2(米国)や量的緩和の拡大(英国)はリフレ的政策の側面が強かったというのが筆者の理解である。