石油危機と原子力発電について

原子力発電が推進された背景として第一次、第二次の二度の石油危機は無視することができない。


例えば以下は、前回紹介した反原発派によく参照される大島教授の試算による各発電コストの推移であるが、このグラフにおいて発電コストの高さで目立つのは「経済合理性ゼロ」と反原発派が主張する原子力よりもむしろ1980年代前半の火力発電のコストである。 ピーク時(18円/kWh)には原子力の発電コストより8円近く上回っている。



この年代は第二次石油危機に相当するが、なぜここまでインパクトが大きかったのを考えるには、油価だけでなく、為替も併せて考える必要がある。

以下は1971年以降の原油価格(アラビアンライト)のチャートであるが、これだけ見ると、確かに石油危機の影響は確認できるものの、それほどインパクトは大きく見えない。


しかし同期間の為替レート(ドル/円)を考慮して、油価を円建てとすると印象が大きく変わる。
第二次石油危機時のピーク価格(9200円/バレル@1982.10)は2007年末まで超えられることは無かったし、1970年代の第一次石油危機時のピーク価格(3500円/バレル)にしても当時(1974年)の国内総生産が現在の約3分の1以下しかなかったことを考えれば、その影響は数字以上のものがあったはずである。

又、円建てで見ると石油危機終了後の油価の下がり方もより大きなものとなっている。
為替レートは石油危機終了と同時期のプラザ合意後に大きく上がっており、その影響を受けて、円建てでの油価は二重に大きく下がり、更にその後10年以上の間、ピーク時の3分の1以下の低油価が続くことになった。これは当時に立ち返って考えれば30〜40年先の枯渇が心配され続けてきた資源(原油)としては想定外の低水準が長期にわたって続いたという事になるはずである。
低油価の時代は1999年のOPECによる協調減産の成功や2003年のプライスバンド制の導入を契機に(そして新興国による需要増を背景に)、一転して油価高騰の時代へと移り変わった感があるが、この転機がもう5年や10年早く来てもそれほどおかしくなかったと考えられる。


いずれにせよ現実には低油価の時代は第二次石油危機後10年以上続き、その間、先進国を中心として安い原油を大量消費して経済発展を加速すると共に、大気汚染などの弊害も生むことになった。


そして、この長い低油価の時代が1999年頃に終わると、一気に数倍の価格高騰が当たり前の時代へと突入した。この近年の資源価格高騰のトレンドは、原油だけでなく、天然ガス、石炭にも(そしてウランにも)共通している。 以下は各年12月(2011年のみ5月)の原油(アラビアンライト)、石炭、天然ガスの価格を見つけられた範囲でまとめたものだが、1999年頃を転機として全て3倍から5倍以上に価格が高騰していることが分かる。



原発の推進に経済合理性がもともと無かったという論は、大島教授の試算のように資源価格の実績値を基に進められることが多いが、現実の判断はその時点での過去の実績と将来予測を基に行われる。

当時の判断は石油危機を教訓に枯渇性資源の将来的な価格高騰を見込んで、その影響を抑えるべくエネルギー源を多角化しようというものであり、その中で発電コストが安いエネルギー源の一つとして原子力が(石炭火力、LNG火力と共に)推進されたわけである。これはリスク分散を意識した判断であり、結果としてこの中のどれか一本に絞っていれば最も発電コストが安くなっていたとしても、その選択だけが合理的な選択であったという理屈は成り立たない。

又、仮に大島教授の試算手法に妥当性があるとしても、それは想定外の低油価が長期にわたって続いた事が要因であり、この試算結果を持って「そもそも原子力発電に経済合理性がなかった」というのはよくて結果論であり、しかも原子力発電が推進されなかったら何が起こっていたかも考えていないという意味では検証材料としては不十分なものと思われる。 低油価が長期にわたって続いたのは、新たな油田地帯の発見や技術革新による回収率の増加等によって原油の埋蔵量が増加したことや1999年頃までOPECの足並みが揃わずに価格カルテルとしてまともに機能しなかった事など、偶然(或いは事前に予測できない事象)による部分が大きいし、前のエントリーで書いたとおり、もし原子力発電が世界的に全く推進されていなければ資源価格の高騰はより早い段階で生じていた可能性も高いだろう。



もう一つ付け加えるなら、当時から危惧され続けてきた化石燃料の価格高騰は上記で見たように、今まさに現実のものとなっている。 大島教授の試算は(私がネットで調べた限りは)2007年で止まっているが、2007年の原油、石炭、天然ガスの価格(平均)と最新の価格(2010年5月)を比べると天然ガスで約4割、原油で約6割、石炭にいたっては9割近く価格が上昇している。しかもこれでもまだ2008年につけたピーク価格には及んでいないのである。


1999年から10年以上続いている現在の資源価格高騰の長期トレンドが今後どうなるかは予測が付かない。資源価格は米国のQE2を筆頭とした先進国による過度の金融緩和を背景としたバブルの様相も見せているし、実際に2008年の資源価格の高騰・暴落はヘッジファンドの資金による所も大きかったようである。しかし、実際にそのような大幅な下落局面が存在した事を考慮しても長期的なトレンドとしては上昇トレンドにあるように見受けられる。

筆者は既に何度か書いたように長期的なエネルギーの長期戦略を考える際に目先の経済性を過度に重視するのは弊害が大きいと考えている。しかし経済性の観点から考えたとしても、石油危機以来ずっと警戒し、エネルギー源の多角化を通じて備えてきた化石燃料の価格高騰が現実のものとなったまさにその時に、あえて多角化から逆行して今から火力発電所を増設し、化石燃料に対する比重を増やして原子力分を賄おうというのが本当に良い考えなのかどうかは個人的には疑問であると考えざる得ない。


参照: 「世界経済のネタ帳」さま (http://ecodb.net/


[追記]
ちなみに、日本の原子力発電所(の1号機)が着工されたのは、ごく一部を除き石油危機終了(1986)より前であり、石油危機が終わった時点では用地確保等のハードルは既に乗り越えられていた事もその後の展開を左右した可能性がある。 2号機、3号機を増設することによる追加的な経済性は一般的には1号機の単独での経済性を上回ると考えられるため、この事が原油をはじめとする火力発電の燃料費が円高などにより下がっていた状況下でも原発が推進され続けた一因となったのかもしれない。