揚水発電は本当に原発の付属物なのか?

先日のエントリーは原発を含むエネルギー問題はそもそも人類が本当に長期的な視野で考えなければならない問題であり、発電コストが数円高いとか安いといった目先の経済合理性の観点で考えるような問題ではないという趣旨で書いたわけであるが、一方で前回取り上げた大島堅一教授による原発コストの試算はかなり広く取り上げられているようであるので、ある意味蛇足ながら、その内容について少し検証してみる。


まず、大島教授は原発の発電コストを考えるに当たっては不可分の関係にある揚水発電のコストが含まれるべきと主張されている。

揚水発電とは、夜間電力で水をくみ上げて上部調整池にためておき、需要の多い昼間に落水して発電する。原発はつねに一定の出力で発電するため、夜間は電気が余る。揚水はその有効活用策だ。つまり、揚水発電は原子力のために存在する存在であり、両者は不可分の関係にある。
http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/7499f2bb819d113061fed47cced06f62/page/1/

そして揚水発電のコスト(51.87円/kWh)を加えれば、原子力の発電コストは8.64円/kWhから10.13円/kWhまで増加(+17%)すると試算されている。 (試算結果は両方とも大島教授の試算によるもので、1970-2007期間平均)。


揚力発電はイメージとしては以下のようなものである。夜間の電力で水を上部調整池にくみ上げて、需要が高い昼間にその水を使って水力発電を行う。発電時にはおおよそ水をくみ上げるのに使った電力の7割程度の電力を発電することができるとされている。


では、実際にどの程度の電力が揚水発電に使われているのだろうか?
以下は電気事業連合会のサイトで調べた2010年度の発受電電力量実績の概要であるが、この中にある「揚水動力」が揚水発電で水をくみ上げるのに使われる電力に相当する。


数字を見れば一目瞭然であるが揚水発電に使われている電力はかなり少ない。 もし仮にこの電力が全て原子力発電の余剰電力であったとしても、その割合は原子力による発電量の3%程度である。

つまり、余剰電力をすべて捨てたとしても原子力発電の電力コストはkwH当たりにすれば3%程度しか上がらないということであり、大島教授の試算のように「原子力に揚水のコストを加えれば真の原子力の発電コストは17%アップする」という理屈は筋が通らないということが分かるし、少なくとも現状レベルで原子力発電を行うに当たっては揚水発電が必須というわけでもないことも分かる。


ではなぜ発電コストの高い揚水発電が推進されたかと言えば、もちろん理由がある。 それは一言で言えば電力需要のピークをカバーするための蓄電装置として推進されてきたということになる。 このような説明はWikipediaでも見られるもので、取り立てて珍しくもないが、その意味するところを少し図で示してみる。


下のグラフは東京電力の2010年の電力使用実績(1時間毎)をプロットしたものであるが、1日単位の変動に加えて、季節単位の変動があることが分かる。もっとも需要が高いのは8−9月の昼間であり、この年にはピークで約6000万Kwの需要が存在した(注:2010年は猛暑だった為平均的な年よりも高め)。


ここに、東京電力の電源別の電力供給能力を書き込んでみる。 数値は主にWikipediaから持ってきたもので2004年のデータと若干古いのと、他社からの受電分等が含まれておらず実際に供給できる限界能力はこれより高いようだがイメージは伝わると思う。


流れ込み式水力と原子力の供給能力を稼働率等を無視して単純に足し合わせても電力需要の最低レベルを下回っている。これを見るかぎり揚水動力を単純に原子力の夜間の余剰電力でカバーしているという訳ではなさそうである。 (実際には原子力の稼働率は70%程度で推移しているので、原子力による電力供給は最低需要水準を大きく下回っていることになる。)


又、電力需要の季節・時間帯毎の変動をみると5000万kwを超える需要があったのは猛暑だった2010年の場合でも、時間にすればたったの5%程度に過ぎない。その中でも本当にピーク付近だったのは更にごく短時間である。しかし東電は電力の安定供給のために5000万kwを越える部分の供給能力を予め備えておく必要があり、これが問題の根幹となっている。


下のグラフは同じく2010年の各月の揚水動力(10社合計)をプロットしたものであるが、季節的な電力需要(ピーク需要)の変動に連動しているのが分かる。8月のピーク時の揚水動力は12月の約4倍であるが、もし揚水発電が本当に原子力の余剰電力を使うために存在するなら、このような事は起こらないのではないだろうか。むしろ本当にピーク電力が必要なときには夜間に火力発電を稼動させて作った割高な電力で揚水しているからこそ、電力会社はどうしても必要なとき以外、揚水発電をフルに使わないのだという解釈の方が自然である。

[追記] 上記では説明不足だったようなので補足。 
発電コストは発電量に無関係な固定費と発電量に比例する可変費で構成される。 よって資本費などからなる固定費は稼働率によらないため、稼働率が低い揚水発電ではkWh当たりにすると相対的に高額となる。 一方で可変費は火力発電等では燃料費となるが揚水発電では揚水動力が主となる。 よって揚水動力に使用される電力コストが非常に低ければ、揚水発電の稼働率を上げることによって得られる電力のコストも非常に低いことになる。

逆に言えば夏季のピーク需要時の揚水動力が原子力の余剰電力によるもので、冬季はその余剰電力を捨てていると言うようなおかしな事をやる動機は電力会社には全く無く、揚水動力の多い時期には夜間に主に原子力以外の発電の稼働率をあげる事によって、揚水発電に電力をためて、昼間のピーク時に、揚水発電から電力を引き出していることになる。


電力需要のピークをカバーする電力源が揚水発電である必然性はないが、発電開始や最大出力までの必要時間の短さ、出力調整の容易さなどから揚水発電がこの用途に適した特性を持っているのは間違いない(東電によれば運転開始から最大出力になるまで数分、出力調整にかかる時間は数秒との事)。発電コストは確かに高いが、もし同じピーク需要を火力などの他の電力源で賄ったとしても稼働率の低さを考えれば実際にかかる総コストが大きく減ることは考えづらい(実際にそういう試算もあるようである)。


原子力発電の出力調整が難しいことこそが問題の根幹であるという見方もあるようであるが、別に火力でベースロード部分を埋めたとしても、ピーク需要をカバーする供給能力が不要になるわけでも稼働率が上がるわけでもない。火力発電の中でも発電コストの低い石炭発電は原子力ほどではないとしてもやはり出力調整には時間が掛かる。(既に存在する施設を無視して考えれば、LNG火力は比較的出力調整が容易らしいので揚水発電をやめて切り替えることも可能かもしれないが、新たに建設するコストを考えれば、切り替えが簡単に進むとは思えない。未だに石油火力が存在することを見ても、このような大型インフレの切り替えには時間が掛かることは間違いない。)


日本において揚水発電が原子力発電と連動するように推進されてきたのは、あえて理由をつけるとすれば原子力でベースロードの増分を賄うと同時に揚水発電でピーク時の増分を賄えば、原子力発電にも火力発電にも出力調整の負担を掛けることなく、電力需要にマッチできるからだろう。
下のグラフは1975年からの月別の電力需要の推移を示したものだが、年間を通じて必要な電力量の増加以上に、ピークの電力需要が増加していることが分かる。(1975年と2001年を比較するともっとも少ない月の需要の増加は68百万kWなのに対して、ピークの月の需要増加は110百万kWと6割近く多い)


このようなニーズに応えるためには、ピークの需要増にあわせて原子力・火力の供給能力を増強するか、原子力・火力による供給能力増と併せて揚水発電のような蓄電能力を強化するかするしかないわけであるが、電力会社は後者を選んだと言うことになる。

[追記] その事は過去の「発電設備容量の推移」と「発電電力量の推移」を見比べても推察できる。 発電設備容量は原子力、石炭火力、LNG火力、揚水と全て右肩上がりに増加してきており、一部で指摘されているように原子力の発電設備容量の増加と揚水の発電設備容量の増加は相関が高いが、石炭火力とも、LNG火力とも同様に高い相関となる。
一方で発電電力量を見ると、石油火力が発電電力量を減らしている分も補う形で原子力、石炭火力、LNG火力は発電電力量を増やしているが、発電設備容量を全体の10%を超えるレベルにまで増強した揚水発電の発電電力量は0.7%に留まっている。



(エネルギー白書2010)


理想的には発電単価が安く、出力調整が容易で、その燃料が無限にある(再生可能)か、有限であってもその価格・供給が市場に左右されにくく、事故も起こりにくい、そしてCO2排出等の環境負荷も低いという電力源があれば、ベースロードからピークロードまですべてそれで賄えば良いわけで、問題は非常に簡単になるが、少なくとも現時点ではそういう都合の良いものは存在しない。

そういった制限下で電力会社や政府は様々な見地からの検討を加えて現状のバランスが形成されてきた訳であり、そういった面を無視した議論は妥当性を欠いているといえるのではないだろうか。


(追記)似たような話で電力会社がオール電化住宅を推進しているのは原発の夜間の余剰電力を消費したい為だという意見も見かけたが、普通に考えれば昼間のピーク電力需要を抑えたいからというのが妥当ではないか。 オール電化住宅が増えることによる夜間の電力需要増には火力発電の稼働率を上げることによって対応する事になるのだろうが、稼働率を上げることによって追加的に得られる電力は火力のように燃料代が相対的に高い比率を占めているものでも割安になる為、2重にコスト的なメリットが得られるというのも電力会社がオール電化を推進する理由の一つと言えるだろう。