誰が原子力エネルギーを使うべきか

福島の事故以来、反原発の世論はかつてないほど高まっている。 原子力発電には事故コストも含めれば経済的合理性が本来なかった、市場原理に従っていれば今回のような事故は起こらなかった、という意見は確かにその通りかもしれない。


しかしもともと原子力発電が推進されたのは、単なる目先の経済合理性ではなくより長期的なエネルギーセキュリティーの観点(そして敢えて言えば未来のエネルギーへの夢)があったはずである。 石油は昔から「あと30年しか持たない」と言われてきた。様々な技術革新によって埋蔵量は当時の予測を超えて伸びてきたが、結局の所いつまでも世界のエネルギー需要を満たし続けることは出来ない。 だからこそ、未来のエネルギーとしての原子力の利用を官民一体となって推し進めてきたし、その為に原子力損害賠償法や電力三法のようなものも作った。


しかし残念ながら事故は起きてしまい、国民の間に原発に対する拒否感が高まっている。もちろん原発反対派は勢いを増しロビー活動を続けているし、弱体化した政権がそのポピュリズムに乗っかろうという気配も見え始めた。

世界的にも反原発の波は広がっており、原発をやめても当面困らない国々は既に脱原発へと動き出しているようにも見える。


しかしながら以前にも書いたが先進国の動きがどうであろうと一部の発展途上国の原発熱は冷めないだろう。 もちろんそれらの国の一部には軍事的な意図があるのかもしれないが、殆どの国は原子力発電を経済発展をもたらしてくれる安価なエネルギー源として欲しているはずである。


「原発には最初から経済合理性が無かった」議論で出てくる主要なコストの一つは事故が起こった場合のコスト、つまり人命をリスクに晒すことのコストであるが、はっきり言って発展途上国では人の命の値段が(相対的に)安く、追加で得られる安価なエネルギーの価値は(相対的に)高い。更にその恩恵としての経済成長は(特に発展途上国にとっては)全体としてみれば多くの人の命を救うはずである。


日本は豊かな国であり、原子力発電を完全に捨てて火力(+一部自然エネルギー)に切り替えたとしてもそれほど困りもしないだろう。他の多くの先進国もそうかもしれない。しかし、その場合、原子力発電の技術や進歩は大きく損なわれることになる可能性が高い。そして進歩が止まった技術を発展途上国が無理やり使い続けることになれば、その事故リスクは更に高まることになるだろう。


又、もっと悲惨なのは原子力発電を導入することも出来ない発展途上国である。 そういう国は世界的な原油や天然ガスの奪い合いに勝つことも難しく、高価で不十分なエネルギー供給の基に経済成長を進めなければならなくなる。そのような状態では幾ら人件費が安くても産業の誘致は難しいだろう。


つまり先進国が原子力エネルギーを諦めるということは、少なくとも短期的には一部の発展途上国における原子力エネルギー利用の事故リスクを高め、多くの発展途上国の経済成長の目をつぶし、地球全体としては膨大な人命を原発事故リスクと貧困リスクに晒すということになる可能性が高い。


もちろん原子力エネルギーを未来永劫使い続ける必要はない。それに変わる石油・天然ガス以外の自然エネルギーの研究を進める事は重要であるし、仮にその目処がついたなら、いつでも原子力エネルギーを諦めてもよいとも思う。(但し再生可能エネルギーでも一時期注目を浴びた穀物を使ったバイオメタノールなんてものは発展途上国のエネルギーだけでなく食料にまで手を出すもので論外であるが。)省エネルギー技術を更に進めるのも重要である。これらの技術を進歩させることは日本の強みになるし、その技術を用いて途上国を含めた世界全体とWin-Win関係を築くことも可能である。


しかしそれらの目処がつくまでは日本を含む先進国こそが扱いが難しい原子力エネルギーを使い、そこで得られた技術を発展途上国に還流すると共に、扱いがより簡単な石油などのエネルギーの需給を多くの貧困国の為に緩和するよう努力すべきでは無いのだろうか?


もちろんその為に超えなければならない技術的・政治的ハードルは非常に高い。
一部の老朽化した原子力発電所は建て替えや改修が必要となるだろうし、立地的に問題があるものは思い切って廃棄する必要も出てくるだろう。これまでのような経済的にも安価と言える発電手段ではなくなるかもしれない。その場合は官営の企業を作ることも考える必要が出てくる可能性も有るが、日本の国会でその様な合意が出来るとも正直思えない。


よって現実的な面を見れば、原子力発電からの段階的な撤退は避けられないような気も正直するのだが、ここまで大切に育ててきて、最新の研究成果を使えば現状のままでも、そしてリスクを考慮したとしても、恐らくは世界経済の発展に貢献できる技術をあっさりと捨ててしまうのはやはり「MOTTAINAI」のでは無いかという気がしてならないのである。


* かと言ってじゃあお前の家の隣に建てろ、と言われれば躊躇することも事実。 立地的にも問題がなく、かつ周囲100kmに殆ど人が住んでいない(そしてその少ない住人も十分な補償をもらって納得して移住してくれれば尚良い)ような土地があれば良いのかもしれないが正直なところ日本では該当する地域が思い当たらない。 やはり日本は原発には向いていないのかなぁ????