近年の自殺者数の増加とデフレの関係について

最後に自殺者数の増加がデフレによるものだという説についても少しだけ考察してみる。 


まず自殺者数の推移とインフレ率・GDPデフレータ、名目GDPの推移を並べてみる。


これらのグラフを見ても分かるとおり日本が最初にデフレになったのは1995 年であり、自殺者数が急増した年の2-3年前になる。 1997年はむしろインフレが上昇しており、その後1999年以降再びデフレとなっている。 バブル崩壊は一般には1990年前半頃に起こったとされており、デフレに陥る前のことになる。 そして日銀が金融引き締め(総量規制)に転じたのは1990年で更にそれより前である。又、名目GDPの成長が鈍化したのも1990年頃である。


勿論、デフレが数年の潜伏期間を経て1997/8 年に一気に牙を剥いた!みたいな話を作ることはどんな場合でも可能であるが、その様な因果関係があやふやなものに頼らなくても1997/8年の自殺者数の急増にはより直接的で説得力のある説明が存在する。

1997/8年は北海道拓殖銀行、山一証券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行などの主要な銀行、証券会社の破綻があり、企業倒産件数も負債総額も急増した。不良債権処理に伴う金融機関による貸しはがし等も大きな社会問題になった。つまり1997/8年の自殺者数の急激な増加にもっとも直接的な影響を与えたのはバブル崩壊でもデフレでも無く、金融危機とそれに伴う企業倒産の急増であったというのが筆者の見解である。(又、これが一般的な見方でもあると思うのだがどうだろう?)


下図は1990年以降の企業の倒産件数と負債総額を示した図であるが、1997/8年に急増していることが分かる。

【図解・経済】企業倒産件数の推移(最新)
http://www.tsr-net.co.jp/news/status/process/


又、失業率は確かに自殺率と強い相関をもつ要素であるが、1997/8年の自殺者数の急増を説明できるほどの急激な変化が1997/8年に起こっているわけでは無い。


金融危機を引き起こしたのは日銀の金融引き締めが原因で、そもそも金融引き締めが無ければバブルは崩壊しなかった、いや崩壊しなければそもそもバブルではなかった、という主張も存在するが、その主張の是非については既に何度か書いたこともあるので今回は論じない。又、1997年は橋本内閣による消費税増税と緊縮財政が行われた年であり、少なからず経済に影響を与えた可能性はあるが、金融危機を引き起こした金融機関の不良債権はバブル期に形成されたものであり、消費税増税や緊縮財政が金融危機のトリガーになった可能性はあったとしても金融危機の元凶とは言えないだろう。


結局の所、仮に日銀や政府がバブル崩壊を引き起こした主犯であったとしても、デフレではなく金融危機こそが自殺者数を急増させ、長期不況を招いたということであれば、「金融システムの長期的な安定」は「物価の長期的な安定」と少なくとも同レベルで重要という事になり、金融システムの長期的な安定の為にはバブル発生を事前に抑制することこそが重要であるとの現在の日銀のスタンスは正しいことになるのではないだろうか?