責任の所在をうやむやにすれば誰も責任を取らなくてよいのか?

本の題名は忘れたが、自民党(官僚だったか?)について書かれた本で「自民党は狡猾だからこそ嘘はつかない」という指摘に感心した覚えがある。

もちろん自民党政権が嘘をついてこなかったかといえば、そんなことは全く無い訳であるが、この「指摘」が意味しているのは、底の浅い嘘でその場を取り繕っても、すぐにばれるのだから、「狡猾」であろうとするならば基本的には「正直」な態度を取るべきだということだと筆者は理解している。


何の話をしたかったかといえば民主党の話である。


原発事故を巡る民主党政権の対応、特に菅総理の対応は正直全く支持できない。


現在特に問題となっているのは震災直後の注水中断が誰のどのような判断で行われたかであり、当時の言動を巡って子供の喧嘩のような「言った言わない」論争になっている。


・菅首相、注水中断への政権の関与否定 復興特別委で答弁
 http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105230121.html

・再臨界「班目氏が言ったと記憶」=細野氏
 http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201105220017.html

・「再臨界危険性」の発言否定=政府発表に訂正申し入れ―海水注入・班目委員長
 http://www.asahi.com/national/jiji/JJT201105220067.html


事実がどこにあるのか現時点ではまだ分からないが、誰かが責任逃れの為に嘘をついているようにも見える。又、こんなもの記録があれば本来すぐに分かるはずだが、驚くべきことに震災後行われた殆どの会議で議事録が取られていないらしい。 


・原発事故の議事録ほとんどなし 枝野長官「多分、記憶に基づく証言求められる」
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110511/plc11051120460023-n1.htm

・「海水注入問題めぐる議事録はない」福山官房副長官
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110523/plc11052312340006-n1.htm


しかも政府発表したことまで、後であちこち適当に修正したりもしている。


・政府、首相の関与否定に躍起 海水注入中断問題 過去の政府資料を訂正
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110521/plc11052122580008-n1.htm

・班目氏が政府発表に「名誉毀損だ」と反発 政府は「再臨界の危険」発言を訂正
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110522/plc11052220430013-n1.htm


このような姿勢は「正直」でないだけでなく、「狡猾」ですらない。


これらの民主党政権の対応は確かに責任の所在をうやむやにするのにはかなり効果を発揮している。このままだと政府側の責任の所在がはっきりしないまま、適当に辻褄を合わせて話が終わりそうである。

ただ、政府の場合責任の所在がうやむやになれば誰も責任を取らなくてよいというものでは無い。結局、ごまかしや嘘による政府の責任逃れは日本国の信用毀損という形で国民全体に降りかかってくる。


又、今回の事故が人災なのか天災なのか、また人災ならどこに問題があったのかということは今後の原発の対策の為の重要な教訓として必ず検証が必要なポイントであるが、このような状況では十分な検証が行われる事は期待できそうにない。


そしてこの責任の所在の十分な検証抜きに超法規的に東電に全ての責任を押し付ける解決策も長い目で見れば国民にとって益とはならないと考えられる(参照:あまりに「アウトロー」な民主党政府の原発事故賠償スキームについて)。


これらのことを考えると菅政権の原発事故に対する対応は何重にも国民の利益を損ねており、通常は政権の安定が求められる非常時であっても、政権を存続することの弊害が利益よりも大きい状態となってしまっているように見える。 ご本人は石にかじりついてでも政権を維持するつもりらしいが、そろそろ誰かが石から引き剥がすべき時期であろう。