「名目成長」で財政再建できるのか?

高橋教授がZAKZAKで「「経済成長で財政破綻する」財務省理論のトリックを暴く」と題して、以下のような指摘をされている。

 この数字にはトリックがある。国債残高は600兆円だ。もしすべて1年債であったなら、金利が1%とすると次の年に6兆円増加して、その後は増えない。実際には1年より長期の国債もあるので、徐々に上がり数年経って6兆円まで上がるが、その後は増えない。

 ところが、名目成長が1%アップすると、時間が経過すればするほど税収は大きくなる。数年経つと6兆円以上増える。財務省の資料は、3年までしか計算せずに利払費が税収より大きいところだけしか見せないのだ。

 もし経済成長して財政破綻するなら、名目成長率は日本はOECDでビリであるので、日本以外の国はとっくに財政破綻しているはずだ。ところがそうなっていない。成長は財政再建を含めて多くの問題を解決できるからこそ、OECDが目的のトップに掲げている。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110429/plt1104291435001-n1.htm

書かれていることロジック自体はおかしくないのだが、筆者にはこの高橋教授の記事は重要な前提が明示されておらず、わざと誤解させるような書き方をしているように感じる。


現在日本政府の収支は大雑把に言って収入側が50兆円に対して、支出側が90兆円、そのうち国債費が20兆円。そして足りない分(90-50兆円)は新規国債で賄われている。

ここでの高橋氏は金利が名目成長率と同程度上がったと仮定した上で、名目成長率は累乗的に効いてくることから長期的には国債利払い増加分を税収増加分が上回ることを指摘している。


計算自体は(国債残高が増加していく事や、政府債務全体では900兆円ある事が考慮されていない事を除けば)妥当かもしれないが、この時、人件費、社会保障費を含む70兆円部分(支出ー国債費)はどうなるのだろうか?


もし名目成長の中身がインフレばかりで、実質の伴わないものものなら少なくとも税収の増加率と同程度の歳出の増加率が予測されるのでは無いだろうか?

そうなれば税収が国債費を含まない歳出より多い状態(プライマリーバランスが達成されていない状態)ではそもそも財政が改善される余地は無い。その上さらに国債残高の増加と国債金利の上昇(=国債費の増加)がかぶってくる事になる。


よって確かに財政再建には「成長」は重要であるが、プライマリーバランスが達成されておらず、債務残高の対GDP比も高い日本の現状を考えると実質成長抜きにインフレ率と長期金利だけ上がっていくのは最悪のケースということになる。

逆にインフレが抑えられたままで実質成長によって名目成長が達成されれば税収の伸びが歳出の伸びを上回ることが可能になるし、国債残高、国債金利共に状況は改善される。


リフレ政策を支持する人間はインフレ上昇と実質成長は強い因果関係(或いは相関)を持っていると信じているわけだろうから、同じことだと言うことになるかもしれないが、この二つが同じかどうかがリフレ政策の支持・不支持を分ける重要なポイントなのだから、この二つを同一視して導き出した理屈でリフレ政策をサポートするのは無理があるという事になるだろう。


注1) 尚、これはドーマーの定理と似て非なる話になっているように思われる。 ドーマーの定理とは以下のようなもので、その前提は「プライマリーバランスが均衡している」ことと「名目GDP成長率が名目利子率を上回っていること」であるが、上記の話自体は単に名目成長率と長期金利が1%ずつ増えた場合の比較になっている。 名目成長率が名目利子率を下回っている日本で両者が1%ずつ増えても当然逆転は起こらない。

ドーマーの定理(Domar's theorem)とは、1940年代に米国のE.D.ドーマーによって提唱された財政赤字の維持可能性に関する条件のこと。「ドーマーの条件」ともよばれる。財政赤字の維持可能性とは、対GDP比でみた政府債務残高が膨張し続けずに、一定の割合以下で推移することを意味する。プライマリーバランスが均衡しているもとでは、名目GDP成長率が名目利子率を上回れば財政赤字は維持可能であるという内容の定理である。これは、プライマリーバランスが均衡していると公債の利払い分だけ債務残高が増えるが、それ以上に名目GDPが上昇すれば、対GDP比でみた政府債務残高は膨張しないことから理解できる。

「ドーマーの定理とは 証券用語辞典」
http://secwords.com/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%90%86.html


注2) 又、名目成長率と長期金利はどちらが高いのが一般的なのかという問題もある。 これは「与謝野・竹中論争」としても話題となったテーマで、現経財相の与謝野氏は長期金利>名目成長率が一般的な状態との立場。 当時竹中氏のブレーンでもあった高橋教授は当然逆の立場。 (ちなみに筆者は1980年代以降の先進国における実績から長期金利>名目成長が一般的と考えている。)


注3) プライマリーバランスが均衡しない条件下でも名目成長率>長期金利なら長期的には政府債務残高の対GDP比が下がっていくケースもありうるが、少なくとも当面は上がり続ける。 しかし既にGDP比で2倍近い政府債務を積み上げているのに、さらにこの比率が上がっていけばどこかで長期金利が高騰し、発散への道筋を辿り始める可能性は否定できない。


注4) 高橋教授は筆者が書いたことなど百も承知の上で、わざと名目成長率が上がりさえすれば財政問題も片付くかのように”取れる”記事を、財務省の陰謀論などをちりばめながら書かれているように見える。 注意深く読めば名目成長さえすれば財政問題が片付くとは一言も書かれていない。

しかしそれを読んだリフレ派(の一部)は、「名目成長で片付く問題(財政)を増税で対処しようとしているのは財務省の陰謀だ」という風に受け取っているようである。 

もちろん、みんなの党の予算案のように大幅な歳出カットによってプライマリーバランスを改善しつつ、名目成長のインフレ率による底上げを行えば確かに名目成長による財政再建が可能ということになるが、あの予算案を実現するのはリフレ政策を実現するよりも100倍困難であろう。 そのことを伏せて勘違いさせるのは「政治的」には正しいかもしれないが、筆者としては肯定する気にはならない。