経済における「因果関係」をデータから証明することの困難さについて

経済学、特にリフレ論を巡るネットでの議論を見ていると、過去のデータから経済における因果関係が「証明」されているかのような議論が良く見られるが、このような「証明」は本来非常に困難なはずである。


例えば「Aを増加させればBが増加する」という単純な因果関係を証明するにはどのようなデータを提示すればよいだろうか。


その様なデータの例としては複数のサンプルに於けるAとBのクロスプロットが考えられる。このクロスプロットが正の相関を示していれば、少しはサポート材料として使えるかもしれない。しかし「Aが大きいサンプルではBが大きい」という事は、「Aを増加させればBが増加する」という事と同じでは無い。

ではAの増加率とBの増加率のクロスプロットはどうだろう。 確かにこのクロスプロットが正の相関を示していれば、「Aを増加させればBが増加する」という理論をある程度はサポートするだろう。 

又、2つのサンプルの変化の経緯を比較するというのも有効かもしれない。あるサンプルではA、B共に順調に伸び、他のサンプルではAの伸びが止まったタイミングでBの伸びが止まっていれば、「Aを増加させればBが増加する」という理論との整合性があるように見える。


では上記のデータが全て「Aを増加させればBが増加する」という因果関係をサポートしているように見えるとき、Bを増加させるためにAを増加させることは本当に正しいだろうか?


そうかもしれないし、そうでないかもしれない。


例えば全体の集合をある中学校の全生徒、Aを各生徒の体重、Bを身長と考えてみる。 AとBには相関関係が有るだろうし、Aの増加率とBの増加率との間にも相関関係があるだろう。 また身長の伸びが止まった子供と、伸び続けている子供を比べれば、一方はAの増加が止まったタイミングでBの増加が止まっているだろうし、他方はA,B共に増え続けているだろう(もちろん「必ず」では無いが、)。

いずれにしてもこの場合、「とにかく体重を増やせば身長が伸びるんだ!」と考える人はいない(はず)。もちろん適正な栄養補給は身長を伸ばすのに重要だが、過度に詰め込んでも肥満化するだけである事はみんな知っている。


ではAを貨幣流通量、Bをインフレ率、或いはAをインフレ率、Bを民間消費と考えれば、どうなるだろう。

ここでは「Aを増加させればBが増加する」という因果関係は成立しているかもしれない(或いはしていないかもしれない)。 但し、それが成立していたとしても、それは過去のデータから単純に証明されるわけでは無い。


上記の理屈は逆もまた成り立つ。 例えば貨幣流通量を減らした国でインフレ率が上昇し、増やした国でインフレ率が下降していたとしても(これは実際に幾つかの国で起きているが)、必ずしも「貨幣流通量を増やせばインフレ率が上昇する」という因果関係が否定されるわけでもない。(貨幣流通量がインフレ率を決める唯一のファクターであることは否定される)


いずれにしても経済と言う複雑なシステム内での因果関係を見極めることは非常に困難であり、それが困難であるという事を無視し、複雑な現実を分かりやすい因果関係に還元してしまった議論は、プロパガンダとしては良いかもしれないが、本質的には余り意味が無いものになってしまうだろう。


注1) 突き詰めれば科学に「因果関係の証明」がどこまで可能か?という問題になるかもしれないが、ここではそこまでのことを主張したいわけでは無い。 只、自らの説に都合の良いデータ、相関関係があるからといって一足飛びに、自らの説が「証明」されたとするのは安直だよね、という程度の話である。


注2) 但し、「単純かつ還元的な因果関係」が「存在しないこと」の証明は可能である。 「インフレ率が上がれば必ず失業率が下がる」というような因果関係が一般に存在しないことは、スタグフレーションが実際に起きたことによって証明されている。