日銀の国債引き受けが実現すれば何が起きるか?

まず、このようなマネタイズに手をつければ、一定の円安と国債金利の上昇は避けられないであろう。そしてこの二つは日銀の国債引き受けが行われることが決まれば即日反応があるはずである。(正確には影響の一部は噂の段階で織り込まれる可能性が高い。影響の度合いは日銀の国債引き受けがどのように市場に受け止められるかによるが、禁じ手であることが現職閣僚を含む多くの関係者によって繰り返し強調されている中で、方針転換を行って強行する場合は過去の市場を通じた国債引き受けとは同列には語れないはずである。)


円安は輸入物価の上昇と輸出の振興を伴う。輸入物価に関しては、世界的なコモディティ価格の上昇と併せて、輸入インフレとも言うべきインフレを起こすはずである。
一方で輸出産業にとって円安は間違いなく追い風になり、売り上げ、収益共に改善が期待できる。


又、株式市場は上昇が期待できる。グローバルな資金の流れが大きくなってからは、円安=株高が定着しており、そのトレンドは円安の原因が「日銀の国債引き受け」であっても変わらないだろう。特に輸出企業はかなり値を上げるのではないだろうか?


ただし、この場合の主な買い手は割安になった日本企業を狙いに来る外資という事になる可能性が高い。 既にソニー等の多くの「日本企業」は株主構成を見ると単純に「日本企業」とは言えない状況であるが、その傾向が促進されるだろう。 又、日本企業の技術を狙っての企業買収も増えるはずである。


賃金上昇率や失業率はどうなるだろうか? 日銀が国債引き受けをしたという理由で直ぐに賃金を上げてくれる会社はないだろう。 当面は同じ収入でガソリン・食料等の輸入インフレに対処しなくてはならず、国内産品の消費は抑制される可能性が高い。これは国内を主な市場とする企業にとっては逆風となる。

一方で潤うはずの輸出産業も一気に雇用を増やすとは考えにくい。当面は社内の遊休資産・人員の稼働率を上げることで対応できるし、それでも足りなくなれば、又「非正規」雇用を増やして対応することになるだろう。


政府の財政はどうなるだろう? インフレによる名目GDPの底上げは中長期的には一定の増収効果があるだろうが、とりあえず直近の問題となるのは国債金利の上昇である。そして国債金利を抑制するために財政再建が必要となる可能性が高い。

現在の世論を考えると財政再建のターゲットはまず支出の削減となり、社会福祉の削減と公務員の待遇見直しが行われるのではないかだろうか。その上で支出削減だけで間に合わない部分は増税で埋め合わされることになるだろう。


そしてそれらの支出削減と増税に経済が耐えられなければ最悪の場合インフレ下の景気減退、つまりスタグフレーションに落ち込むリスクも考慮する必要がある。


上記をまとめると日銀の国債引き受けが実現した場合、以下のような事象が同時に起こることが予測されることになる。

  • 円安
  • 輸入インフレ
  • 実質賃金の下落
  • 国内産品への消費抑制圧力
  • 輸出企業の売上・収益改善
  • 輸出産業での雇用増大(主に非正規?)
  • 株価上昇
  • 日本企業の外国人持分上昇
  • 日本企業の外資による買収増加
  • 国債金利の上昇
  • 政府の財政難深刻化(財政再建へ)
  • 社会福祉を含む政府支出削減(+公務員削減?)
  • 増税(消費税?)

言うまでもなく経済は複雑な事象であり、海外の経済状況や国内の政局がらみの話など予測がつかない要素も多くあり、上記のような事象が実際に起こるかどうかは不確実性が高い。しかし少なくとも上記は似たような状況に陥った英国と韓国の実例を基に筆者が考察したものであり、一つ一つの事象については実際に両国で現実となったものばかりである。


よって雇用なき景気回復、不況下の株高、低福祉の格差社会の実現を望ましいものと考えないのであれば、それらのリスクを伴う日銀の国債引き受けは最大限避けるべきであるというのが筆者の見解である。


(注)
但し筆者は復興目的の国債の増発そのものは不可避であると考えているし、もし"万が一"それが市場でさばけないような場合は日銀が臨時的に引き受けることも否定しない。(もちろんその場合でもそれができるだけインフレ”懸念”に結びつかないように対策を講じるべきではあると思うが)

当面必要なのは復興費用をきちんと準備することであり、日本が復興に向けて全力で動き出したと国内外にはっきり知らしめる事である。きっちりとした将来に対する展望があれば一時的な国債増発は経済にそれほどの悪影響を与えないかもしれないし、何より被災者を初めとする国民に希望を与えるはずである。