なぜ地方はその地域の税収だけでやっていけないのか?

前回に続き地方分権について少し違う切り口から考えてみる。 日本の都道府県より人口が少なくかつ豊かな国はたくさんあるのになぜ日本の地方はその地域の税収だけでやっていけないのだろうか? 


恐らくその理由の一部は税制を独自に決められないことにある。


もし埼玉が相続税をゼロにします!とやったら埼玉の税収は急上昇するだろう。 何も香港まで引っ越さなくても埼玉に引っ越せば相続税を回避できるとなったら金持ちはこぞって引っ越すはずである。
若干銀座が遠くなっても何十億円もの節税をできるなら安いものである。(きっと銀座の高級店も一緒に引っ越してくるだろう)
埼玉にとっては住民税をたくさん払ってくれて、地元でお金も落としてくれる金持ちの流入は大歓迎である。恐らく地価も上がるだろうからその分の税収も期待できる。 金持ち目当ての企業からの法人税だって増える。


そうなったら東京(分権後の独立した東京)は対抗して相続税を下げるだろうか? それはケースバイケースだろう。 東京にとっては相続税をなくしても税収は増えず、むしろかなりの税収減を覚悟しなければいけない。しかし相続税を単に維持すれば一定の富裕者層が流出して相続税と住民税が減る。東京にとってはそのバランスをみて相続税率を設定し、税収減を最小限に抑えるのが取りうる最善の策になる。


只、そうなると当然埼玉以外の自治体も、我も我もと減税競争を繰り広げることになる可能性が高い。相続税だけでなく住民税も半額にしますと言う自治体、いや、うちは法人税をゼロにしますよ、という自治体もでてくる。低税率に引かれて東京から地方に移る会社も多く出てくるだろうし、それに対抗するために東京の税率もかなり下がるはずである。

結局、この「低税率競争」は一極集中している東京からの誘致合戦を繰り広げた挙句に日本全体の税収を限界まで下げたところでやっと均衡するかもしれない。 そしてそれは再分配機能が限界まで引き下げられた社会になる事を意味している。


恐らく将来的にも日本が税制に対して完全な地方主権を認める可能性はないだろう。又、上記のような競争は日本全体での効用の最大化には必ずしも繋がらないはずである。逆に言えば今の税制は日本にとっての全体最適を意図しているものであるが、その全体最適な税制の結果、地方と都市の間の再分配が必要となってしまっているとも言える。

そしてこれらの事情を考えると、地方が税制を勝手に変える自由は認めないが今の税制のままで財源委譲だけはしてやるからそれだけで自立しろ、というのはやはり今の税制を維持することでメリットを得る都市部にとって都合の良すぎる話であると思われる。


(注)
ちなみに国単位でこの例の埼玉と同じようなことをやったのがユーロ圏のアイルランドである。
アイルランドは低い税率で企業を誘致し、他のユーロ圏はそれを苦々しく思いながらもアイルランドと同じレベルまで税率を下げれば税収を維持できないので、仕方なく一定の企業がアイルランドへ行くのを黙認することとなった。

アイルランドの経済が破綻し、EU諸国は支援と引き換えに税率の引き上げを暗に迫っているように見えるがまあ当然である。