白川日銀総裁とバブル論について

先日のエントリーの最後に

ちなみに以前keiseisaiminの日記様で日銀の役割についてコメント欄で少し議論させていただいたことがあるのだが、そのときの議論についてhimaginary様がブクマで

himaginary ※欄でabz氏が言うように白川氏がバブル予防を本格的な課題とするつもりならば、まずは80年代後半の日本の金融政策とバブルの関係についての徹底的な調査研究を日銀の組織を挙げて行なうべきではなかろうか。

とコメントされているのを見かけた。


白川総裁はその目標の一つである「金融システムの安定」の為にバブル予防を主要な課題の一つとしていることを何度も講演等で話しているし、80年代後半の日本の金融政策とバブルの関係についても、その後のリーマンショック後の金融危機についても十分に検討した上で、「マクロプルーデンス」な観点を重要視する金融政策を行っていると筆者は理解しているのだが、日銀がバブル予防を課題としていることが経済に詳しい方にとってさえもそれほど意外なことなのだろうか?

という追記をつけたのだが、これに対してhimaginary様からブクマで

himaginary 「何度も講演等で話して」「十分に検討した」ことの裏付けをきちんと研究報告してほしいと要望することが、日銀の政策を支持する方にとってさえもそれほど意外なことなのだろうか?

とコメントをいただいた。


当方の追記は「白川氏がバブル予防を本格的な課題とするつもりなら」という箇所に反応したものであり、「課題とするつもり」もなにも、主要な課題としていることをずっと公言しているのではないか?という疑問だったわけだが、「徹底的な調査研究を日銀が組織を挙げて行うべき」で、その上で「裏づけをきちんと研究報告」すべきという点が主眼であったとの事のようであり、当方の引用はその真意を十分に汲んでいないものであったことをまずは謝りたい。


その上で、筆者の意見を付け加えるなら、このような金融政策に対する調査研究は日銀が公式に組織を挙げて行うものなのかという疑問がある。 日銀には日本銀行金融研究所(Institute for Monetary and Economic Studies, IMES)という組織やその機関紙「金融研究」が存在するが、そこに掲載されている論文については

掲載されている論文等の内容や意見は、執筆者個人に属し、 日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではありません。

というように、日銀の組織としての見解ではないとの建前となっている。


その上で個人としての「80年代後半の日本の金融政策とバブルの関係」についての白川方明氏の調査研究であれば、そのものずばり

資産価格バブルと金融政策:1980年代後半の日本の経験とその教訓
翁 邦雄 / 白川方明 /白塚重典
http://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/kk19-4-9.pdf

という論文がある。 これは白川氏が日本銀行企画室審議役だったころに書いたもので、この翌年(2001年)には日本経済新聞社から

バブルと金融政策―日本の経験と教訓
白川 方明 , 翁 邦雄 , 香西 泰

なぜ、バブルは発生したのか。日銀の金融政策は、どこで何を誤ったのか。あるいは金融政策では食い止められなかったものなのか。日本を代表するエコノミストと日銀研究者双方が改めて問い直す決定版「バブル分析」。

http://www.nikkeibookvideo.com/item-detail/13224/

という本も出版されている(ちなみに白川氏の著作としてWikipediaで紹介されているのはこの本と大学教授時代に書いた教科書の2冊のみ。)


これらは日銀の組織を挙げての研究ではないかもしれないが、少なくとも白川総裁による調査研究の結果と考えてよいのではないだろうか?


また、この金融政策の評価がどうマクロプルーデンスの視点につながるかについては上記の論文の共著者である白塚氏による「中央銀行の政策運営におけるマクロプルーデンスの視点」という論文により詳しく説明されている。


ちなみに、これらの業績は2008年に日銀副総裁に選ばれる以前のものであり、副総裁に選ばれたときに新聞でも

日銀次期副総裁でスポットライト!白川さんってどんな人 (2008年3月13日 産経新聞)


昭和47年に東大経済学部を卒業した白川氏は、日銀に入行後、エリートが集まるといわれる企画畑を中心に歩いた。「金融政策が趣味」(幹部)と評される、実際に金融政策を語り出すと止まらず、「日銀の仕事は面白い」と周囲に語るほどだ。

バブル時代の金融システム問題など多くの論文も書き、語り口も物静かで、学者然とした雰囲気を醸し出すが、日銀幹部は「早く現場に戻りたがっていた」と話す。

と、紹介されていることから見ても「バブル時代の金融システム問題」が白川総裁のの主要な研究対象の一つであった事は関係者には広く知られていたと考えられ、その見識を活かす事を期待されて日銀総裁に選ばれたと考えるのが妥当ではないだろうか。 



バブル史の研究者であり、デフレについてもバブル経済の結果という側面が強いとみる白川氏が日銀総裁に選ばれ、デフレ史の研究者として有名であり、インフレターゲット論者でもあったバーナンキ氏がFRB総裁に選ばれた事が、現在の両国の金融政策の方向性に大きな影響を与えている事は確かなように見えるが、いずれにしても最高水準の研究者の間でも学術的、理論的な結論が出ていない問題であり、単純にどちらが正しく、どちらが間違っていると言えるようなレベルの話ではないはずである。