米国の信用緩和(QE2)と日本のリフレ政策の違いについて

コメント欄にてmさまからQE2についてはどう考えているのか?とご質問を頂いたので、返信を書いたのだが、相変わらず文章が長くなりすぎてしまったので、こちらに載せておきます。


頂いたご質問

ちょっと質問なんですけど、FRBはものすごい量通貨供給してますよね。QE2とか言って。これには反対なんですか?これもリフレ派って批判するんですか?
通貨なんて相対的なもんなんだからアメリカがどんどん供給したら円高になってデフレが進みそうだけど。


まずFRBの行った量的緩和(信用緩和)については、第一弾(QE1)は金融危機によるパニック的な流動性不足に対する応急処置として必要なものだったと考えています。 リフレ派が非難する日銀も金融危機時に量的緩和を実施することは否定していませんし、実際にやりました(むしろこの非伝統的な手法の有効性を実証したのは日銀だったと思います。)


問題のQE2については、基本的にはやはり「リフレ」的側面が強いと思いますが、米国QE2の場合日本でリフレ政策を実施する場合とは期待値(損得勘定)が異なる面があるのではないかと考えています。


まず1点目は中国が実質的なドルペッグ政策でドルの本来の強さを歪めていることです。
 

これは逆に言えばドルをどんどん供給してもドルペッグを維持するために中国が半自動的にかなりの量を買い取ってくれることになるわけで、米国としては短期的には景気にプラスですし、一方で中国は人民元でドルを買い続けることによって国内のインフレ圧力が増しますので、やむ得ずドルペッグを諦めるかもしれません。 それはそれで米国(の製造業)にとって悪い話ではありません。


又、QE2が日本のデフレを進めるかどうかですが、これは長期的に見ればそういった効果があると思いますが、短期的に見れば逆の効果を招いているようです。


QE2が円高ドル安に繋がっているのは確かですが、同時にQE2は資源や食料などのコモディティ価格の高騰(バブル?)を招いており、日本においても差し引きでむしろインフレ圧力になっていますし、発展途上国ではインフレが高騰しはじめています。(参照:デフレ脱却プロセスはもう始まっている?


もう一つの大経済圏である欧州がソブリン債リスクで通貨を下落させていることも考慮する必要があると思います。欧州の通貨下落は、本来なら欧州には輸出増&インフレ圧力、その他のエリアには輸入増・デフレ圧力に繋がるはずでしたが、米国がQE2によってドルを大量供給したため、間接的に欧州における景気の回復力を削いでいる事になっています。 (そして欧州は国債金利の急騰やインフレ率の上昇などにより、量的緩和を続けることが出来ないため、米国にも量的緩和をやめるように訴えましたが、米国は取り合いませんでした。)


次に日米で大きく違う点は国債価格暴落時のリスクについてです。


まず基軸通貨であり、大消費国の通貨でもあるドルの信認は非常に強く、又、自国通貨高を嫌う各国が買い支えてくれるので英国や韓国のように通貨危機に陥るリスクは相対的に低く、かなりの無茶をやっても国債が暴落してすぐに財政破綻に直面する可能性は低いと考えられます。


さらにその上で仮に国債が暴落した場合のリスクを考えると、日本は自国通貨建ての国債を自国内で消化しており、国債価格が暴落すれば政府の借金が実質的に減る分だけ、国民の資産も実質的に減るわけですが、米国は自国通貨建ての国債を中国、日本等の海外に売りまくってますので、国債価格が暴落して政府の借金が実質的に減る分の何割かは他国が損をすることになります。


これは借金の実質的な価値を借金をしている側が操るような話であり、ある意味国債を買ってくれた人間の信用を裏切る話でもあります。 長期的に見れば、そういった他国への負担の押し付けは米国の信用を落とし、今後の国債金利に織り込まれていくので必ずしも米国にとっても得とは言えないかも知れませんが、短期的なリスクのみを見た場合、他国に損失を押し付けることが出来る分、米国のリフレ政策のリスクは日本より小さいはずです。



上記のような事情を考慮すると米国の量的緩和は短期的に見た場合、他国に負担を押し付ける効果も期待できるため、日本におけるリフレ政策よりも副次的なメリットが多く、またリスクも軽減されるため、必ずしも米国の選択肢としては間違っていないかもしれないという見方も出来ると思います。


ただ、個人的な意見としては、こうした米国の態度は中長期的には世界経済全体に対する重しとなり、食料インフレを通じて、より経済の弱い発展途上国にまで負担を押し付ける結果となるためフェアな政策ではないと考えています。


QE2が引き起こしていると考えられるコモディティ(食料、資源)価格の高騰は米国内でも貧困層の生活を直撃しますので、すぐにエジプトのようになる可能性はほぼ無いでしょうが、米国内でも社会不安の芽となることは十分に考えられます。


又、バブル(コモディティ価格の高騰)は破綻したときに金融不安を起こす可能性が高く、そのときまでに好景気になっていればこれまでの繰り返しになるだけ(それでも駄目ですが)ですが、コモディティ価格の高騰が全体としての好景気に繋がるのかどうかは不明であり、以下のループを景気回復・雇用回復抜きでぐるぐる回る可能性もあり、そうなれば資源国(産油国)と金融業者、一部製造業だけがどんどん肥え太っていくことになるはずです。


金融危機→リフレ→インフレ(コモディティバブル)→バブル破綻→金融危機


もちろん金融業・製造業が得た利益が広く一般にトリクルダウンされて、全体の景気を回復させるルートも存在しますが、韓国の例(参照:リフレ政策は本気で「韓国」を目指す気なのか!?)を見ると、通貨安によってインフレと製造業の利益拡大が起こった場合に、インフレは国民の生活を直撃する反面、製造業の利益拡大は必ずしも一般国民に恩恵を与えるわけではなさそうであり、国全体としてメリットが大きいとしても多くの国民にとってはデメリットのほうが多い話ではないかと思います。


色々と書きましたが、結論としてはQE2は米国全体での短期的な利益のみを見ると、日本でリフレ政策を行うよりはメリットが期待できる一方で、世界的に見るとデメリットの方が多い。 そして中長期的にみると米国にとっても特になるとは限らない(のではないか)というのが筆者の考えです。