トヨタ・ユニクロ複合型デフレ

一時期ユニクロに代表される輸入・格安販売業者がデフレを引き起こしているとして「ユニクロ型デフレ」という言葉が話題になったりもしたが、輸入業者がデフレにおいて果たした役割は多めに見ても従であり、敢えて代表的な企業名でこの日本のデフレを命名するとすれば、「トヨタ・ユニクロ複合型デフレ」と呼ぶべきではないかと筆者は考えている。


日本経済の転換点となったプラザ合意は日本の強力な輸出産業が稼ぎ出した国際収支黒字と、それを購入し続けた米国の国際収支赤字の不均衡是正が目的の一つであり、わずか数年で円ドル相場は250円から130円へと急騰し、更にバブル崩壊後の1995年には瞬間的とはいえ80円割れの史上最高値を記録するところまで上昇した。


その結果、デフレが始まった1994年頃にはプラザ合意前と比べて実際の為替相場と消費者物価で見た購買力平価の差が200%近くまで拡大しており、このような大きな内外価格差は当然貿易を通じた値下げ圧力となった。極端な話、もし日米が地続きで関税・非関税障壁が小さければ、多くの財の価格(円)は年率数パーセントどころではなく、数十パーセント単位で暴落していたはずである。 


一方でこれ程の急激な円高が起これば普通であれば輸出産業は壊滅的なダメージを受け、輸出が激減して為替のゆり戻しがありそうなもので、実際に多くの輸出産業は大打撃を受けたが、トヨタなどの超優良企業はそれでも輸出を伸ばし続け、国際収支黒字はむしろ増加した。


結果として大幅に切りあがった通貨水準は維持され、大きな内外価格差が残ることとなった。島国である事に加え、各種の関税・非関税障壁に守られた国内市場における価格調整は急速ではなかったものの、(関税に守られた一部商品を除き)徐々に、しかし着実に進行した。 


尚、円高によって生じたこの内外価格差を是正するには円が安くなる事も有効であるが、輸出自体は引き続き好調であり、基本的には円高圧力が掛かり続けている状態であった事から、結果として物価の相対的な下落(日本のインフレ率が米国のインフレ率を下回る事)によって内外価格差が是正されることとなった(注1)。


その一旦を担ったのがユニクロを代表とするコストの安い海外で生産し、日本に輸入、安値で販売する企業群であり、これらの企業は内外価格差の是正を推し進めると共に、国内の製造業に熾烈な価格競争を強い、結果として円高で競争力がなくなった低生産性産業の空洞化を招くこととなった。


しかしこの場合、インフレ率が米国で3%、日本で-1%であれば、内外価格差は1年で約4%しか是正されないため、少々日本がデフレになっても一朝一夕には解消できないこととなる。米国のインフレ率がもっと高ければ是正も加速するが、それは日本がコントロールできる事ではなく、むしろ米国のインフレ率も低下傾向にあり、しかも円高による内外価格差の再拡大圧力も掛かりつづけた。


結果としてプラザ合意から1994年頃にかけて拡大した内外価格差は、その是正に10年以上掛かることとなり、しかもやっと解消の兆しが見え始めた2008年頃には再び米欧の金融不安の余波で円高となり内外価格差は再び拡大されることとなってしまった。


極論を言えば、トヨタをはじめとする強力な輸出産業がその生産性向上による収益を、更なる競争力の強化に向けずに賃金として労働者に分配していたなら、経常収支も大幅な黒字にはならず、円高となった時には相応に競争力を失い、円のゆり戻しもあったはずである。又、ユニクロのように内外価格差を利用して積極的に輸入・格安販売を行う業者がいなければ、内外価格差の是正はもっとゆっくりと進み、結果として日本のインフレ率も米国のインフレ率は下回るもののデフレにまで陥ることはなかった可能性もある。


しかし、言うまでもなくトヨタを始めてする強力な輸出産業が無ければ、そもそも日本が現在のような裕福な先進国へと発展することはなかったはずであるし、輸入業者が内外価格差是正に寄与しなければ日本人はいつまでも割高なものを買わされ続けたはずで、両者とも国民生活の向上の為には無くてはならない役割を果たしたこととなる。

よってその上で、両者がデフレの遠因になっているのであれば、それは大きなメリットに対する副作用と捉えるべきであり、非難するのは筋違いというものであろう。

(注1)
念のために書いておくと、国産品が中国等の発展途上国からの輸入品にそっくりとってかわられて物価が下落したというような単純すぎる話ではなく、通貨高によって内外価格差が急激に拡大すれば先進国を含む全ての国からの全ての輸入品が相対的に割安となる為、輸入品と国内市場で競合する内需向けの製造業も対抗上価格引き下げを余儀なくされ、結果として物価全体に対する下落圧力となったということ。(例えば価格が直接的に競合していなくても輸入高級品が値下がりすれば、国産中級品も対抗上値下げせざる得なくなるという事。)