貨幣への超過需要の意味を効用関数とリアルオプションで考えてみる

デフレは貨幣への超過需要が原因であると説明されることが多い。 だが、そもそも流通する貨幣の絶対量が減ったわけでもないのに貨幣への超過需要が生じるのは何が原因なのだろうか?


一般に貨幣への需要は流動性への選好であるとして、ケインズ経済学では「取引動機」、「予備的動機」、「投機的動機」が考えられているそうである。

 では貨幣にたいする需要(流動性選好)は、どのようにして生じるのであろうか。それは3つの動機 ― 「取引動機」、「予備的動機」、「投機的動機」 ― に基づいて生じてくる、とされる。取引動機は、日常的な営業活動のために、また日々の生活の必要のために生じるものである。予備的動機は、まさかのとき、あるいは好機の到来に備えておこうとするために生じるものである。これらに基づく流動性選好は、経済活動の水準(国民所得)に依存する、とされる。しかし、最も特徴的なのは投機的動機であり、貨幣と債券間の資産選択に関係してくるのはこれである。利子率が高くなると、人々は自らの資産をより多く債券の購入にあて、貨幣保有を減らそうとする(逆は逆)。したがってこの動機に基づく流動性選好は、利子率の減少関数である、とされる。
「ケインズ『一般理論』」http://blogs.yahoo.co.jp/olympass/51390776.html

なんとなく分かる気もするが、抽象的過ぎて個人的にはいまいちピンとこない。 


私が読んだ中で個人的に最も納得感が高いのは貨幣への需要を「消費を保留するためのリアル・オプション」の価値とする考え方である(参照)。 貨幣は将来における使途を限定されないため、消費される時点で最も効用を高める使い方をすることが出来る。 (つまり今無駄遣いをあきらめて貯金するということは、無駄遣いするのを先送りしているだけでなく、もし将来食べていくのに困った時にはそのお金で食べ物を買うことも出来るということ)


今回はこの考え方と効用関数の考え方を併せて貨幣への需要について考察してみた。


効用関数の基本的な考えとして、追加的にある金額(a)の消費を行うことによって得られる効用は消費の絶対水準が高いほど減っていくと想定されている。 一ヶ月10万円で生活している人にとっての10万円と、一ヶ月1000万円で生活している人にとっての10万円の価値は違うということで、これをグラフで示すと、下図のように傾きが徐々に減っていく曲線で表される(効用の逓減性)。




又、一般的には(その他の条件が同じなら)今日の消費のほうが将来の消費より効用の現在価値が大きい。

例えばiPadの販売価格が5万円で、今後も当分の間値下がりしないと仮定する。 この時、3ヶ月後にiPadを受け取ることができる権利の価値はいくらだろうか? もちろん人によって正確な値は違うだろうが、殆どの人にとってはその価値は5万円以下のはずである。つまり今iPadを消費することによって得られる効用は、将来iPadを消費することによって得られる効用の現在価値より高いわけである。

これをグラフで表すと下図のようになる。 現時点の消費に対する効用関数は、将来の消費によって得られると期待される効用の現在価値を示す関数より高くなる。この場合、今 a円を余分に消費することによって増加する効用(A1)は、将来a円を余分に消費することよって増加すると予測される効用の現在価値(A2)より大きい。 



この結果だけをみると現時点の消費を保留して将来に回すことから得られる効用(A2-A1)はマイナスとなり、取引需要以上に貯蓄を行うのは合理的でない行動ということとなる。 
しかし上記は以下の複数の条件を前提としており、各前提について現実に照らして考察すると、消費を保留することによって得られる効用がプラスとなるケースが存在することがわかる。


1. 消費を保留することによって a円の実質的な価値が変わらないこと
2. 将来における効用関数の形が大きく変わらないこと
3. 将来における実質的な可処分所得(基準点)が変わらないこと
4. 将来における実質的な可処分所得(基準点)が正確に予測できること


1について
特殊な状況を除き、現時点のa円は適切な運用をすることによって将来におけるその実質的な価値(購買力)を高めることが可能である。 そして大雑把に言ってその実質的な価値の増加率は実質金利(名目金利 - インフレ率)を目安とみなすことができそうである。

これは今 a円の消費を保留すれば将来a’(a+実質金利) 円分の消費を行うことができるようになることを意味している。 この場合、もしa’に対応する将来の効用の現在価値 A2’(>A2)が、A1を上回るならば消費を保留することがトータルでの効用を高めることとなる。


2.について
同種の消費から得られる効用の現在価値は基本的には現時点から離れるほど低下していくが、将来における消費が全て現時点で行えるとは限らない。 
例えば子供に関する消費はそこから得られる効用が高いが、基本的に子供が生まれた後にしか消費することが出来ない。 これは将来の消費に対する予測される効用関数の形が変わることを意味している。

既に述べたように効用関数は消費水準が上がるほど逓減する(傾きがねてくる)が、子供が生まれたりすれば、基礎的な消費が増えるため、逓減し始める水準が高くなり、その速度も緩やかになると考えられる。
この場合もやはり消費を保留することがトータルでの効用を高めることとなるケースが存在する。


3.について
将来の実質的な可処分所得が減少すると予測されるのであれば、a’ 円の追加消費による効用を評価する基準点が左に移動する(現状維持→悲観ケース)。 
効用関数は逓減的であるため、基準点が低ければ低いほどa’ 円の消費による効用は増加する(C2' > A2')。 この基準点の移動によって C2' がA1を上回れば、消費を保留することがトータルでの効用を高めることとなる。

来年から定年退職で収入が減少することが分かっている人が、現在の収入が多いからといって無駄遣いしたりしないようなものだろう。


4.について
将来の実質的な可処分所得は、景気、増税、インフレ、資産運営の成否等の各種の要因によって影響を受けるため、正確に予測するのは困難である。その為、将来における基準点の予測についてはある程度の幅を考慮する必要が生じる。

仮に将来の可処分所得の期待値が現状維持だったとしても予測の分布が(現状維持 50%、楽観ケース25%、悲観ケース25%)であれば、将来a'円を使うことによって得られる効用の「期待値」は「0.5 xA2' + 0.25 x B2' + 0.25 x C2'」となる。 この期待値は効用関数の形状によってはA2'よりも大きくなり、場合によってはA1を上回るケースが生まれる。

この「期待値」については効用関数の逓減性から、もともとの消費水準が低ければ低いほど、不確実性が大きければ大きいほどA2'と乖離していく傾向があると考えられる。

現時点でそこそこ稼いでいて、将来は今より更に豊かになると予測していたとしても、浮き沈みの激しい職業の人はそう無駄遣いばかりしていられないわけである。



さて、ここまでは、現時点と将来のある時点の2点間の比較のみ行っており、ある種「微分」的な考察であるが、実際にどれだけの額が消費され、どれだけの額が貯蓄に回されるかを考えるには

  • 将来が連続的でどこまで続いているか分からないこと
  • 現時点における貯蓄(借金)額が必ずしもゼロではないこと

を考慮する必要がある。


これまでに説明した考察に上記の二つの条件にを追加して考えれば、

  • 追加的に x 円消費することによって得られる効用
  • 現在の貯蓄額に x 円を追加することで期待できる将来にわたる効用の現在価値の増加の総計

がつりあう所までは消費し、余剰分があれば貯蓄に回り、不足分があれば貯蓄の取り崩しが行われる事となる。


同じ収入でも貯蓄が不十分な人にとっては収入の幾らかを貯蓄にまわしたほうが人生トータルで考えた場合の効用の現在価値が上がり、逆に貯蓄が既に十分にある人にとっては貯蓄の一部をとりくずして現時点で消費する方が人生トータルで考えた場合の効用が上がる場合もあるということである。

又、これは感覚的な話であるが、今の消費の価値は将来の消費の価値より高いと感じると同時に、効用が将来にわたって右肩上がりになっている方がより好ましいと感じる人は結構多いと思う。これは行動経済学でいう「参照点依存性」に近いかもしれないが、この意識が強すぎると所得が右肩上がりになるとの確信がない場合、ますます消費が行われないことになる。


ここで個人の消費行動からすこし社会全体の経済に視野を広げてみる。
個人は自らの所得に関する予測を行う際に社会全体での経済の予測をベースとしているはずだが、実際にはその予測に基づいた各個人の消費・貯蓄行動が、その予測を実現・加速させることとなる。将来の収入に対する不安から貯蓄を増やせば、それが社会全体では不況につながり、収入が現実に減る(そして結果として効用のトータルも減る)ということであり、これは合成の誤謬として広く知られている事象である。


最後にこの考察に従ってリフレ政策について考えてみたい。

リフレ政策、特に量的緩和によって直接的に期待される効果の一つは実質金利の低下であり、それが実現されるなら、1の考察に従い消費喚起の効果が期待できる。

しかし実質金利の低下は貯蓄がある人間にとっては金利収入の実質的な低下を意味し、3で考察した将来の実質的な可処分所得の期待値を下げる影響がある。

インフレ率が所得上昇率を上回る場合も、やはり将来の実質的な可処分所得が減ることとなり、むしろ貯蓄を増やすことのメリットが高まる。

又、量的緩和が将来の財政危機につながると評価されれば、(英国で行われているような)増税や社会福祉の削減などが行われるのではないかとの不安感が高まり、将来に対する不確実性も高まる。

以上の点から考えるとリフレ政策がたとえ実質金利をさげることができたとしても、個人の消費を喚起できるかどうかは良くて微妙であるように思う。(しかも長期的には実質金利はインフレ率に相関するという統計もある。逆に実質金利が上がるのであれば金利収入で潤う人も出てくるが、この場合政府の財政危機につながる恐れが更に上がる。)


一方で、期待インフレ率が上昇した場合は貨幣の「投機的需要」は減少する。貯蓄を貨幣の形で持っていれば長期的にみて実質的な価値が毀損することは確実だからである。一方で「消費を保留することの価値」は必ずしも低下しないので、結果として資金(需要)の流れていく先は株・債権・土地・外貨などのより高リスク・高リターンな投機先とならざる得ない。つまりバブルが起こりやすくなるわけである。


但し、上記の効果は各人がリフレ政策の効果をどう判断するかにも影響される。
リフレ派の人は、リフレ政策が行われることにより経済成長が促進され、結果として将来の実質的な所得が増加し不確実性も減ると信じているはずであり、リフレ政策が行われれば将来の為の貯蓄を減らして消費にあてるはずである。 よって国民の多くがリフレ派ならリフレ政策は一定の効果を見込めるはずであり、リフレ派がプロパガンダ的な攻勢を仕掛けていることも、そこまで含めてリフレ政策と考えれば合理的ではある。



只、これは逆に考えれば、そもそも個人消費の喚起については実体的なリフレ政策が必ずしも必要というわけではないということである。

国民が自らの将来に対してより楽観的な予測をするようになりさえすれば、消費を保留する事の価値は減り、消費は増える。この場合「リフレ政策をしなければ景気回復はありえない」というような言説はむしろ景気回復の足を引っ張っている可能性がある。
 
とりあえず政府は裏から手を回して、景気の悪いことをを言うのを商売にしている古○一郎のようなニュースキャスターを交代させるところからはじめてみてはどうだろうか? これはデーブスペクター氏のアイデアであると聞いたことがあるが、慧眼であり、デーブスペクター氏を大いに見直した次第である。



(追記)無駄に長い素人考察にここまでお付き合いいただいた皆様に、少し早いですが 

“I WISH YOU AND YOUR FAMILY A VERY MERRY CHRSTMAS AND A HAPPY AND PROSPEROUS NEW YEAR!!!”


参照:
現金はすべての行為を権利行使対象とするリアル・リアルオプションだ (himaginaryの日記様)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100730/cash_as_the_real_real_option_to_do_anything

ケインズ『一般理論』(平井俊顕ブログ様)
http://blogs.yahoo.co.jp/olympass/51390776.html