英国は「働いたら負けかなと思っている」人々をこれ以上許さないことにしたようです

英国では金融機関の救済等によってもたらされた財政危機を克服する為、これまで聖域であった社会保障にも大なたを振るおうとしている。 もともと英国は北欧ほどではないものの社会保障が手厚く、又、その財源の多くをを税金に頼っており、財政に対する負担は非常に重いものになっている。日本と同様に生活保護に安住している人々(移民を含む)に巨額の税金が使われている事にも批判が強く、今回の思い切った改革も意外と支持は高いように思われる。


その先頭に立っているオズボーン財務相はテレグラフ紙のインタビューに答えて、「英国の社会保障は肥大化して抑制が効かなくなっており、"Lifestyle Choice"として働かずに福祉で暮らす人の存在を許している」とし、「働かずに福祉で生活していくのを"Lifestyle Choice"の一つと考えている人間にとって、その選択は終わりに近づいている。」と指摘。働くことに対するインセンティブをより強くした社会保障制度を再構築することによって40億ポンドのコストカットを目指すと話している。

Benefit claimants to have payments cut 09/09/2010 Telegraph

Benefits claimants will have their payments cut as ministers seek a further £4 billion in welfare cuts.

“People who think that it's a lifestyle choice just to stay on out-of-work benefits, that lifestyle choice is going to come to an end.”

http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/politics/7992996/Benefit-claimants-to-have-payments-cut.html

新連立政権はまずその手始めとして、緊急予算の中で批判の多かった生活保護者の住宅手当について以下の基準を設定した。

緊縮財政で巨額の赤字解消目指す 新連立政権が緊急予算を発表 

・ 2011年4月より、住宅手当支給額に上限を設定する。4寝室以上の住宅は週400ポンド(約5万3200円)まで、3寝室の住宅は同340ポンド(約4万5220円)まで、2寝室の住宅は同290ポンド(約3万8570円)まで、1寝室の住宅は同250ポンド(約3万3250円)までとする。
・ 2013年4月より、求職者手当(Jobseekers' Allowance)受給者に支給される住宅手当は、求職者手当支給開始から12カ月以降、当初支給額より1割カットする。
http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/6618/265/


住宅手当については日本ではなじみが薄いかもしれないが、これまで生活保護家庭にはほぼ金額無制限で住宅補助が支給されており、極端な例では子沢山の家庭で年間1000万円を超えるような住宅手当の支給も行われているとの話も聞いたことがある。 シングルマザーが次々と子供を産み、生活保護と住宅手当で豪邸生活をおくっているようなケースも報道され、一般の納税者からは非常に評判が悪かった。


又、”TARGETING BENEFIT THIEVES”と称したキャンペーンを実施し、福祉詐欺の取締りを強化している。ちなみに2009年の1年間に福祉詐欺によって盗まれた税金は9億ポンドに上り、56,493人のBenefit Thievesを捕まえたらしい。 (日本と比べて多いのか少ないのか分かりませんが、、、)

TARGETING BENEFIT THIEVESCキャンペーン特別サイト - 密告用のフォームも有り
http://campaigns.dwp.gov.uk/campaigns/benefit-thieves/local-authorities/


ここまでなら、行き過ぎた手当てや福祉詐欺を対象としているだけであるが、その程度では目標とするコストカットは難しく、さらに決定打として現在議論されているのがこれである。

Unemployed claimants to face loss of benefits for refusing work - 11/11/2010 Guardian

In the most severe welfare sanctions ever imposed by a British government, unemployed people will lose benefits for three months if they fail to take up one of the options for the first time, six months if they refuse an offer twice, and three years if they refuse an offer three times.
http://www.guardian.co.uk/politics/2010/nov/11/welfare-unemployment-benefits-tougher-rules


この記事によると現在検討されている新しい制度では、もし職安の推薦した職(の内の一つ)に就くのを拒否した場合、1度目であれば失業給付を3ヶ月失い、更に2度目は6ヶ月、3度目は3年間も失業給付が受けられなくなるらしい。

”Lifestyle Choice”としての失業者は許さないという強い決意が見て取れる。


その影響なのか景気回復の兆しなのかは不明であるが、英国の失業率は2009年に記録的水準まで達した後は、高水準ながらも横ばいか微減で小康状態を保っている。 しかし一方でパートタイム従業者の数が記録的水準に達しており、日本で問題となっている非正規化が英国でも進行している様子が伺える。又失業期間も延びており、インフレ率が上がり、経済成長率も何とか持ち直しているとしても、雇用については回復に向かっている気配は感じられない。(更に今後数十万人規模の公務員の首切りも待ち受けている。)

Britain's unemployment rises by a record 15/07/2009  Telegraph

Unemployment in Britain rose by a record in the last quarter to 2.38 million, underlining that a recovery from the worst recession in decades is likely to be long and hard.

http://www.telegraph.co.uk/finance/financetopics/recession/5833371/UK-unemployment-hits-highest-since-1971.html

Unemployment falls but part-time working hits record high 14/07/2009 Guardian

Number claiming benefit drops but more complain they can't get full-time work. Long-term unemployment sees further rise
http://www.guardian.co.uk/business/2010/jul/14/unemployment-part-time-working-record-high


これだけ福祉にメスを入れ、公務員を数十万人単位で削減しても、日本と比較すれば英国の福祉はまだまだ非常に手厚く、公務員の数は圧倒的に多い。 よって日本人の目から見れば手厚すぎる福祉や多すぎる公務員を削減しただけの話であるが、それでも反発はやはり強く、連立内閣に対する風当たりは相当なものがある。 但し今のところ政府はこれをやりきろうとしており、その政治姿勢は日本の民主党内閣にも少しは見習って欲しい所である。

ただ、一方で例え福祉が手厚い英国でもやはり生活保護受給者や首切りにあう公務員は「弱者」であり、量的緩和を含む財政・金融政策のしわ寄せが「弱者」にも及んでいる事実についてはしっかりと認識する必要がある。



さて、これまで紹介したとおり雇用関係で景気のよい話のないイギリスであるが、その中にあって異彩を放っているのがシティの金融業界である。 英国では銀行に対する公的支援の埋め合わせのため、銀行員の2万5000ポンド以上のボーナスに対して税率50%の1回限りの特別税を掛けることとなったが、HSBCはその増税分を社員に補填するために額面を倍増させるという大盤振る舞いをするようである。(他の銀行も既に同じようなことをやっている模様。)

HSBC doubles salaries to beat clampdown on big bonuses 16/11/2010 Guardian

Bank aims to circumvent European rules deferring bonuses and in a move that risks inflaming row about executive pay in the City
http://www.guardian.co.uk/business/2010/nov/16/hsbc-bank-bonuses-goldman-sachs


又、一般の英国在住者に対しても行われた高額所得者への所得税増税を嫌い、数百人もの銀行員が海外に脱出しているという記事もある。

Foreign bankers in City exodus 21/11/2010 Telegraph

George Osborne, the Chancellor of the Exchequer, has held previously undisclosed talks with a number of London's biggest financial institutions amid concerns about the impact of the exodus of foreign bankers on UK tax revenues.

http://www.telegraph.co.uk/finance/newsbysector/banksandfinance/8148871/Foreign-bankers-in-City-exodus.html


もともと経済的には圧倒的な「強者」であり、英国の財政・金融政策で救われたはずの金融機関の人々はあまり痛みも責任も感じていないようである。