円高と為替介入

昨今の円高と為替介入について、国外からは予想通り為替操作との批判が、一部経済学者からは円高といっても実質為替から見ればそれほどでもないとの意見が、そして対する一方の陣営からは今の円高はデフレが要因であり、このまま量的緩和に一気に舵を切るべきだとの意見が出ている。

その中でいつも拝見しているブログで実質為替から見ればそれほど円高ではないという意見について反論が続けて乗せられていた。

このように名目実効為替レートでは大幅な円高が進んでいますが、実質実効為替レートは円高にはなっていません。この違いは、物価変動を考慮しているかどうかの違いです。日本はGDPデフレータを見ても分かるように、10年以上に渡ってデフレが続いています。一方、日本以外の主要国はマイルドなインフレが続いているため、このインフレ率の差が名目実効為替レートを円高にしている要因です。つまり、今日本を苦しめている円高は、デフレが姿を変えて現れたものだということになります。
http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20100918/1284797373

Baatarism氏が指摘しているように――あるいは小生が以前指摘したように――こうした主張の問題点は、デフレという病に経済が罹患している中での通貨高を、経済の好調に伴うインフレ時における通貨安と同等に見做している点にある。喩えて言うならば、低体温症に陥った人に対し、外界の温度と体温の差は以前に比べ縮小しているのだから、以前よりも寒さに耐えられるはずだ、と言っているようなものである。
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100920/Mr_Freeze_strikes_back


現状の為替水準が高いのか安いのかについては置いておく(*1)として、実質実効為替レートが円高になっていないのに名目実効為替レートが円高になっているのはデフレのせいであるという説明自体は間違いないと思う。 ただ、「日本を苦しめている円高」が名目為替レートで考えるべきものであるかのように書いてあるのは疑問。 仮に日本が100%のインフレになっていたとして1ドルが220円(110x2)から170円(85x2)に変わったのであれば日本を苦しめる円高にはならなかったということなのだろうか? 外貨建てのコスト・生産性は国内のインフレ率と直接的には関係ないわけだから輸出を軸に考えた場合に「日本を苦しめる」のはやはり実質為替での円高では無いかと思う。

また、himaginary氏の「低体温症に陥った人に対し、外界の温度と体温の差は以前に比べ縮小しているのだから、以前よりも寒さに耐えられるはずだ、といっているようなものである。」という例えもピンと来ない。 「実質為替で見れば過去最高水準の円高では無い」という意味はこの例えだと「以前よりは寒くないはずだ」ということになるのではないか? 

デフレと絡めて考えるのであれば「デフレという病におかされている今の体力では以前ほどの寒さにとても耐えられない」という言い方は可能かもしれないが、デフレかインフレかはともかく日本以外の多くの国も不況に悩まされており単独で「為替操作」と非難を受ける手法をとり続けるわけにはいかないだろう。
(日銀の力をもってすれば或いは単独でも十分に効果を挙げることは可能かも知れず、その力を惜しむが故にリフレ派の人は「なぜやれることをやらないのだ」と憤りを感じるのだろうが、)

机上の空論(?)としては円高とデフレを回避する最も有効な手段の一つは円を人知れず刷って水面下でがんがんドルやユーロを買いまくって円安誘導した上、人知れず刷った円は日銀の負債に勘定せずに買った外貨は国の海外資産(資源等)形成に使うことだと考えているが日本でそれを実行するのは間違いなく不可能である。 次善の策としてデフレ的量的緩和もありうるとは思うがこれはこれまで書いたとおり(私を含む)インフレ恐怖症の人間にはなかなか受け入れられないだろう。


(*1) 現時点の為替相場については欧州で感じる生活実感としては今の為替でやっと日本と同程度の生活費で暮らせるようになった程度で極端な円高という感じは全く受けない。 名目為替で見てもユーロ円は2000年以降2008年までほぼ一本調子で円安に進んでおり、その後一気に円高・ユーロ安に戻ったもののまだ最も円高だった時期(2000年10月・89円)と比較し1,2割は円安である(その後の10年間、日本はデフレ、欧州はインフレであったにも関わらず)。 
日本経済にとって重要なのは確かにドル円相場かもしれないが、ユーロやポンド等の相場も含めて考えると現状の水準で日本が為替介入を行うことに欧州が反発するのは一理あると思わざる得ない。

(追記) 国際通貨研究所のHPのデータでも少なくともユーロ円はどの指標をとっても現状の水準はまだ円安なように見える。
http://www.iima.or.jp/pdf/PPP/euro_yen.pdf
http://www.iima.or.jp/research_gaibu.html