インフレ恐怖症は過剰反応なのか? - 「デフレと円高の何が「悪」か」感想(3)

同書で上念氏は人々のインフレを恐れる潜在的な意識を「インフレ恐怖症」として

「インフレは悪だ!」という原理主義

インフレは物価が上がるという点ではたしかにデメリットがありますが、マイホームを買おうとするような真面目な働き者に追い風です。 また、失業を減らし、労働者の待遇を改善するインセンティブを企業に与えます。 急激な物価高は問題ですが、1年間に2−3%の値上がりが毎年続いていくことには、むしろメリットが大きいといえます。

とマイルドなインフレの効用を説いている。

私も基本的にはマイルドなインフレが続いている状態が経済として望ましい状態の一つであることは否定しないが、それが今の日本で金融政策(リフレ政策)によって達成可能なのかという点と国民の多くの支持を得られるものなのかと言う点については懐疑的である。

以下は仮に金融政策(リフレ政策)がうまく行き、インフレ期待が想定するレンジ(2−3%)で醸成されたという想定で話を進めるが、


インフレ期待の影響をはかる指標として為替、株価、物価、給与、失業率を考えたとき、果たして影響が現れるタイミングは同じだろうか?


私の予想では為替、株価には早く(あるいは先行して)反応が起き、物価への影響が続いて現れるが、給与・失業率に対する影響はかなり遅れて現れる(或いは十分には現れない)のではないかと思う。 

給与についてはその下方硬直性からデフレ期間を通じてじわじわと割高になってきており、インフレ率が2-3%に上がったところですぐに給与を上げようという会社は多くないはずである。特に従来型の製造業で発展途上国と勝負している業界では例えインフレ率が上がったところで簡単に人件費を上げるわけにはいかないだろう。
また同様に失業者についてもまず相当数存在するといわれている社内失業者に仕事を回すのが先であり、本格的に採用を増やすのはかなり先になるのではないだろうか?

すると株・為替等の金融資産を持っていない多くの人にとっては少なくとも当面は物価や住宅ローンの金利等が上がるだけであり、今より生活は苦しくなるだろう。 たとえ数年遅れで給与が上がったとしてもその間のインフレ分をまとめてあげてくれるわけではないだろうから実質的には給与が切り下げられたことになる。 又、今お金が無い人にとってはインフレで将来価格が上がるから今のうちに買ったほうが得だと思ってもお金が無ければ買えないわけだから、結局は我慢するか、将来必要になったときに高騰した価格で買うかしか選択肢は無い。

もしこれがマイルドなインフレ期待の醸成に失敗し、5%、或いは10%以上のハイインフレとなったら多くの人にとっては相当厳しい状況になることは容易に予想できる。上念氏のいう「マイホームを買った真面目な働き者」がまず真っ先に相当な痛みを味わうのではないだろうか?


リフレ政策を説く人々はデフレこそが日本においては最悪の状況であり、それより悪いハイパーインフレは日本では起こりえないのだから、効果がはっきりとわからなくてもありとあらゆる手を日銀は打つべきだという論法を良く使うように感じる。 然しながら個々人にとっての(ハイパーでなくても)インフレの痛みが必ずしもデフレの痛みよりましだという保障は誰にもできない。 ゆで蛙の例えもよく持ち出されるが、単に酷暑によって池の温度が上昇しているだけかもしれず、慌てて池から飛び出して道端で干し蛙になる可能性も十分にあるのでは無いだろうか?