通貨発行益とバーナンキの背理法

先日のエントリに続き、バーナンキの背理法についてすこし違った観点(通貨発行益)から考えてみた。

通貨発行益に関するよくある誤解は1万円札の原価が約20円であることから、1万円発行(増発)するごとに9980円の利益が出ているとするものである。輪転機を回せば幾らでも刷れるとは言え、実際には日銀が新たに通貨を市場に供給する場合にはそれと見合う資産を購入している。基本的にその資産は国債であり、無利子で調達した資金(円)で有利子の国債を購入することにより得られる利益が通貨発行益になる。(参考:http://www.jcer.or.jp/column/fukao/index47.html

つまり通貨の流通量を1割増やしてもその通貨で購入した資産に裏打ちされているため、単純に通貨の価値が1割下がるといったことはおこらない訳である。


但しこれは購入した資産にそれだけの現在価値があるという事が前提となる。国債の場合、少なくとも建前としては長期的には国の税収によってきちんと返される(通貨が回収される)と信じられている必要がある。
もし長期的にも国債の償還を税収ではなくさらなる国債の増発で対応する(せざる得ない)事が確認された場合はどうなるか? 増加した通貨流通量はそのまま通貨価値の希釈ということにつながり、これまでに増加させた分も含めて一気に通貨価値が下がることになりうる。


バーナンキの背理法では前段の現実的な問題である「日銀が国債をいくら購入したとしてもインフレにはならない」という部分では、

「通貨流通量の増加は少なくとも何らかの資産に裏打ちされており、(資産+通貨)の総量を勝手に水増ししたのではない」

という前提が生きているが、「無税国家」に関する部分ではこの前提はなくなっている。そして確かにこの前提さえ崩れれば現状のように通貨の流通量を増やしてもインフレ率が上がらないという事態は起こらない。 


ただ政府がそういう事に手を出した場合、国債はもとより円という通貨そのものを忌避する流れにならないだろうか? この前提が崩れたというフラグが立った瞬間に過去増発した分も含めて一気に円の価値が毀損する可能性も十分にありうるだろう(*1)。

まして高橋洋一氏が主張する資産の裏づけのもともと無い「政府紙幣」の場合、通貨発行益分がそのまま(通貨+資産)の水増しになる上にインフレが行き過ぎたときに円を回収しようと思っても売れる資産が無いことになってしまう。その場合、引き締め(政府紙幣の回収)の為の残された財源は税収だが、インフレ抑制の為に機動的に国の支出を税収より少なくすることは困難であろう。(国債の増発で政府紙幣を回収することも可能かもしれないが、結局国債が残ってしまうので水ぶくれ状態は完全には解消されない)


そのようなことになったら「マイルドなインフレで景気回復」どころではなくなる。インフレ恐怖症の人間としてはこのような一か八かの金融(?)政策が取られない事を願うばかりであるが、日本では高橋氏をブレーンとするみんなの党が躍進したようだし、円の価値が毀損し、円安になることを日本の国益と考える人も多いようであるから予断を許さない情勢であるのは間違いないであろう。


(*1) 極端な話、日銀がすべての国債を買いきった上にその資産を政府に無償贈与しますと宣言すれば円の価値は単純に考えても半減するし、しかも将来的にいつでも日本政府が同じ事を繰り返せるとなったら誰も円など持ちたがらなくなるだろう。

(*2) ちなみに飯田先生がブログでリフレ政策を3つに分類された時に、「強力なリフレ政策」として「貨幣発行益を直接家計・企業部門に注入するという」手法を挙げられている。 
この場合の貨幣発行益が政府紙幣の場合を指しているのかどうかは不明であるが、インフレになった場合の引き締めを考えると一時的な発行益を家計・企業部門に使ってしまうのはやはりリスクが高すぎではないかと思う。
(ちなみに飯田先生はまず【モデレートなリフレ政策】【標準的なリフレ政策】を実施すべきとの意見であり、【強力なリフレ政策】については意見を保留されている。)

手短にまとめると,リフレ政策は
【モデレートなリフレ政策】0金利の解除条件を明確にし,その遵守のための法的措置を講じる
【標準的なリフレ政策】コミットメントに裏付けをあたえるために量的緩和・為替介入を併用する
【強力なリフレ政策】貨幣発行益を直接家計・企業部門に注入したり(いわゆるヘリマネ的な財政拡大),為替レートを大幅な円安水準で時限的な固定相場制を設定したりする
の3つに切り分けるべきだというのが僕の見解です.
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20100228