「バーナンキの背理法」について −バーナンキ風コロンブスの卵?

いまやすっかり有名になり、リフレ派の方のブログであれば一度は引用されているであろう「バーナンキの背理法」は以下のようなものであり、「あらゆる政策手段を考えればその中にデフレ脱却の手段があるはずで、それを見つけられない日本銀行や経済学者を怠慢だとして非難する口実(wikipedia)」となっているようである。

バーナンキの背理法
「もし、日銀が国債をいくら購入したとしてもインフレにはならない」と仮定する。すると、市中の国債や政府発行の新規発行国債を日銀がすべて買い取ったとしてもインフレが起きないことになる。そうなれば、政府は物価・金利の上昇を全く気にすることなく無限に国債発行を続けることが可能となり、財政支出をすべて国債発行でまかなうことができるようになる。つまり、これは無税国家の誕生である。しかし、現実にはそのような無税国家の存在はありえない。ということは背理法により最初の仮定が間違っていたことになり、日銀が国債を購入し続ければいつかは必ずインフレを招来できるはずである。」(wikipedia)


まず私自身、この背理法の本質的部分「量的緩和は(究極的には)インフレを引き起こせる」についてはその通りだと思っている。仮に日銀が全国民に1億円ずつお金を配ったら間違いなくインフレになるし、そのことを否定する人はいないだろう。 
ただ、これがリフレ政策を推進する理論になりうるかというと、色々と問題はあると思うし、少なくとも主たる理論にはなりえないと思う。


まず注意すべき点はバーナンキ氏がこれを持って「インフレ率は金融政策でいくらでもコントロール出来る」と言ったわけではない(であろう)ということである。バーナンキ氏はFRB議長として議会で「米国が日本のようなデフレに陥る心配はないか?」と質問されたときに

 <米国と日本には、非常に重要な違いがあると思います。その一部は構造的なものです。最近の日本経済の生産性は比較的低く、労働人口も減っています。そのため潜在成長率は米国より低く、この点で活気の乏しい経済です。日本は非常に長期にわたって銀行システムに問題を抱えており、何年もその解決を放置してきました。>


と答えている。この部分の解釈をめぐってはリフレ派、反リフレ派で議論があったようだが、少なくとも一部のリフレ派の方が主張するようにデフレが完全に金融(マネタリー)の問題であり、バーナンキ氏もその主張を共有しているのであれば「FRBが金融政策で金利をコントロールするのでデフレにはなりません」と述べればよいだけであろうし、日本の例を挙げるにしても日銀の金融政策の誤りについて述べればよいであろう。
しかしながらバーナンキ氏はこの質問に対して日本の生産性(成長率)や労働人口、銀行システムの問題を指摘しており、そのことはバーナンキ氏がこれらの3要素がデフレと関連していると考えていることを示唆していると取れる。(と思うがその読み方はおかしいのだろうか?)


で、それはそれとして私がバーナンキの背理法を見たときに連想したのはケインズの以下の言葉である。

「金融政策の紐のようなものであり、引くことはできるが押すことはできない」


この紐の例を取れば「紐では物を押せない」と言う人に向かって「たとえ紐でも対象と自分との間を埋め尽くすほど繰り出せば物を押せるよ」とコロンブスの卵的に論破したのがバーナンキの背理法ではないのだろうか?
バーナンキの背理法自体はおそらくその通りであると思われるが、金融政策として重要なのは「マイルドなインフレ」を実現できるかどうかである。 その点ではこの背理法はインフレへ転がりだしたときにそれまで繰り出した大量の紐を速やかに巻き取ってタイムリーに「引く」事が出来るかどうかについては全く触れていない。

紐をこわごわ繰り出してもなかなか物は動かないだろうが、一旦動き始めれば勢いがついてしまい急いで紐を巻き取っても、「引く」前に遠くまで転がって行ってしまうリスクは十分にあると思う。


ちなみに3回にわたって感想を書かせていただいた上念氏の著書で「私の好きな本」として紹介されていた「まぐれ」の著者、ニコラス・タレブ氏は経済に資金を大量供給する世界各国政府の取り組みについてインタビューの中で

 タレブ氏は「政策当局者は自らの行動が招く結果を管理できない」と指摘した上で、「彼らが飛ばしている飛行機はハイパーインフレという山に衝突するかも知れないし、デフレという海に墜落することも考えられる。もちろん滑走路に着陸できる可能性もあるが、熟練パイロットでなければその公算は小さい」と述べた。
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90003017&sid=a4B0JMhers6Q&refer=jp_news_index


と答えており、やはり資金を大量供給することによってインフレ率をコントロールすることは難しいとの見解を示しているが、上念氏はどう聞いたであろうか??