年収100万円時代はユニクロにとっても致命的?

前回のエントリー(「柳井氏の「年収100万円」発言について − 日本の中流層はこれからも中流層でいられるのか?」)に対し、「中流層こそユニクロのメインの顧客なのに、それが所得の2極化で毀損してしまっては元も子もないのではないか?」、「所得の2極化は結局経済の縮小に繋がるだけではないか?」といった趣旨のコメントを幾つか頂いた。つまり「年収100万円時代なんかがやってきたらユニクロにとっても致命的なんだから、柳井氏は間違っている」という話になるのだと思うが、指摘としては正しくても、やはり柳井氏への有効な批判にはならないと思う。


その理由は2つ。


まず柳井氏が述べた「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく」はあくまで氏の視点からの将来「予測」であって、ユニクロが率先してそういった世界を作っていくぜ!という話では全く無い。
先のエントリーでも述べたが、個別企業にとってベストなのは「日本の社会インフラを活用しつつ、割高な消費をしてくれる他社の労働者を顧客として、自らの人件費は最大限抑えること」であって、実際に2極化していってしまうこと自体は必ずしも望ましいことでは無い。 しかしながら一方で個別企業にとって明らかに馬鹿馬鹿しいのは2極化を少しでも遅らせようと自分だけが高い賃金を払って、結果として競争相手となる企業を利することになることであり、どっちにしろ企業としては長期的な2極化トレンドなんて気にせずに短中期的な収益の最大化を目指すことが合理的ということになる。


次に柳井氏本人が強調しているように、ユニクロにとってのこれからの成長の場は海外である。 現時点では国内販売が過半を占めているが、恐らくは国内市場は飽和状態に近く、成長するためには海外にその場を求める以外無いだろう。 氏がインタビューで示唆しているように、グローバル経済は「Grow or Die(成長か死か)」の世界であり、世界的規模で見ればまだまだトップクラスとは言えないユニクロにとっては、今後数年から十間程でどれだけ世界市場で成長できるかが非常に重要になる。 特に人口規模が大きく、高い経済成長を続けている発展途上国では中流層がユニクロの顧客となりうる収入水準へと到達しており、しかも当面はその人口も増え続けるのだろうから、人口が減退し始めている国内市場よりも成長余地ははるかに高い。

よって現時点でメインの市場である日本でのイメージを落としてでもギリギリに絞って収益を出し世界戦略の原資とする事はそういった意味でも「合理的」という事になるかもしれない(もちろん程度問題であるが、)。成長できなければ待っているのは「死」だけだという認識なら何だってやるだろう。


結局繰り返しになるが柳井氏の戦略は少なくとも氏の視点から評価すると合理的なものだろう。 問題はそれぞれの企業が自らの収益最大化だけを考えて戦略を立てることが全体で見て「最大多数の最大幸福」と反する結果に繋がることであり、この状態を改善するには根本的な部分でルール自体を変えてしまえる力を持つ政府・国会こそがその役割を果たすべきであるという事になるわけである。(これも繰り返しだが)。


[追記]
もう一つ付け加えるとユニクロにとって日本の中流層は確かに上客であるが、ワーキングプアだって服を着ないと外も歩けないわけで、中流層が徐々にワーキングプア層へとさや寄せされていっても顧客であり続けることには変わりない。 しかもその時にはユニクロの末端で働く人々の人件費も今より更に削減されているであろうから、長期的には商品をよりワーキングプア・フレンドリーにする事だって可能だろう。氏の予測する日本の2極化は恐らくユニクロにとってプラスにこそならないものの決定的にマイナスになるわけでは無い。 但し、こういった長期的な要素は足元の戦略を考えるときにはあまり考慮されていないだろう。