殆どのブラック企業の将来は超ブラック企業

ブラック企業が社会を豊かにする」という刺激的なタイトルの記事がアゴラに掲載され、注目を集めている。 タイトルからして釣り狙いにも思える記事だが、まあ折角なので釣られてみる。


著者の主張をかいつまんで引用すると

現在の安定期の企業を見ても、創業期〜成長期に、今の基準でブラックじゃない企業なんて存在しません。

ぶっちゃけて言えば、ソニーも、ホンダも、成長期の間は滅茶苦茶なブラック企業。

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成長期の企業から見れば、安定期に入った大企業は強大ですから、それに対抗するには他に策は少なく、成長期の企業が、前を行く安定期の企業を倒そうと足掻くと、気づけばブラック企業になってしまいます。

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つまり、ブラック企業というのは決して特殊ではなく、単純に安定期以外の企業はブラック企業になるわけです。

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日本では衰退期の企業が淘汰されずに残るという別の問題があるのですが、それを除けば、成長期の企業がブラックになるのは、将来、安定的な優良企業になるためで、結果的にはブラック企業が社会を豊かにするのです。

ということで、成長期の企業は自ずと「ブラック」化せざる得ず、そうした中で生き残った会社が社会を豊かにするわけだから結果としては「ブラック企業が社会を豊かにする」のだというもの。


まあ「ブラック」の範囲を拡大していけばこういったことも言えなくはないのかもしれないが、この議論は昔の成長期の企業と今の「ブラック」な成長期の企業の明らかな違いを敢えて無視しているように見える。 その明らかな違いとは今の「ブラック」な成長期の企業はたとえ「ブラック」全開で前を行く企業を倒すことに成功したとしても、前線で働く戦士に分け前が回ってくるようなことはなく、更なる「ブラック」化を目指す事になるだけだという点である。 (もちろん広い意味でのブラック企業の中にはそうでないものも存在するだろうが、日本における代表的なブラック企業であるところのゲフンゲフン...辺りはこれに当てはまるだろう)


そもそもブラック企業が「ブラック」化できるのは労働市場において企業側が強い、つまり買い手市場であるからであり、そうでなければ人が居なくなって終わりである。 これは逆から言えば、「ブラック」化する企業の多く(もちろん全てではない)は一般的には労働市場で高い価値を持つ人材を必要としない職種であるという事である。 (なぜならそういった優秀な人材にとって労働市場は常に売り手市場であり、ブラック企業に就職する必要もないし、間違って就職しても転職のハードルが低い為。)

よって、たとえ「ブラック」な成長企業が成功したとしてもその成功の果実を彼らに広く分け与えるインセンティブは殆ど働かない。 苦楽を共にしたとしても、結局の所彼らの殆どは依然として買い手市場で補充が効く人材に過ぎず、そんなことに金を使うくらいなら更なる拡大路線を取るか、創業者利益を積み増すかした方が良いというのが合理的な判断であろう。 だいたい「ブラック」化を武器にして前を行く企業を倒したのであれば、その武器を手放せば後続のブラック企業に倒されることになるわけで、少しくらい成功したとしても「ブラック」を手放したら枕を高くして寝てられないことになる。


また、「ブラック」化によって労働生産性が相対的に高くなっているブラック企業がゼロサム市場で勝ち残っていけば、ブラック企業が必要とする人材の労働市場はますます買い手市場になる。 そうなればブラック企業は拡大再生産されていくことになり、超ブラックがちょいブラックを駆逐していき、どこもかしこも真っ黒になっていきかねない。 「殆どのブラック企業の将来は超ブラック企業」という事になってしまうわけである。


参照) 「ブラック企業と部分ゲーム完全均衡」- なぜ企業はブラック化していくのかについて考察した過去エントリー