通貨安競争におけるユーロ圏の苦悩について

最近の為替相場を通貨安競争という視点で捉えるなら、劣勢なのは明らかにユーロである。

もちろんより長いスパンでみれば今のユーロの水準は危機前と比べれば大幅に低い水準であり、ここで少し戻していることはECBのドラギ総裁が言うとおり「ある意味で、通貨ユーロへの信認回復の表れ」と見るのは無理のある話では無い。


しかしながら自国通貨高が自国産業、特に輸出企業、に与える影響を考えると、低成長・高失業率の多くのユーロ圏の国にとっては最近のユーロ高傾向には当然心中穏やかざるものがあり、フランスなどは通貨安競争に参戦すべきという意見が高まっているように見える。

これに対抗している中心はドイツであり、建前としては為替相場は市場に任せるべきとの姿勢を維持しつつ、通貨安競争参戦の為のECBによる更なる金融緩和への要求をけん制している。

通貨安競争、独仏に溝=緩和策めぐり綱引き
時事通信 2013/2/12 16:26
 【フランクフルト時事】日本の金融緩和策で火がついた「通貨安競争」の議論をめぐり、ユーロ圏の2大国であるドイツとフランスとの間に溝ができつつある。フランスが通貨安競争への参戦とも取れる姿勢を示す一方、通貨安誘導のための金融緩和策を嫌うドイツは、為替相場は市場に任せるべきだと主張。欧州中央銀行(ECB)の緩和策をめぐる綱引きの様相も呈している。
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130212-00000089-jijnb_st-nb

これは一見奇妙にも見える。

通貨高による輸出企業への影響を考えれば、輸出企業の強いドイツはユーロ安から一定の利益を得られるはずであり、逆にユーロ高は国内経済の足を引っ張ることになる。


これを単にドイツのインフレ恐怖症によるものとするのも間違いではないのかもしれないが、筆者はもう少し違う理由があると考えている。


仮にユーロ圏が通貨安競争に本格的に参入すれば、ユーロ圏全体でのインフレ率は大きく底上げされる可能性が高い。このインフレは通貨価値の毀損によって生じる。 そして、これが意味するのはユーロ圏内での債権者から債務者への富の再分配であり、それこそがドイツが通貨安競争を忌避する要因の一つだというのが筆者の理解である。

例えば、仮にユーロ圏内のインフレ率が大きく上昇し、かつ各国の国債金利がECB等のサポートも得てそれを下回る水準に押さえ込まれる(そしてそれがますますインフレを加速させる)とすると、各国の国債問題は一気に改善する。これはもちろん南欧諸国には歓迎される話であるが、彼らにお金を貸しているドイツ等の銀行や、その銀行にお金を預けているドイツ国民にとってはとんでもない話で、彼らが長年かけて積み上げてきた資産がいつの間にか南欧諸国へと寄贈されてしまうなものである。


こういった損得が市場での自然発生的なインフレによってもたらされるのであれば、ある意味自己責任として片付けられる話であるが、これが(ECB等の)得をする国の意見も反映される機関の判断でもたらされるような事態には大きな批判が巻き起こることはある意味当然であり、ドイツ政府筋の反発もこれを受けてのものと考えられる。


しかしながら通貨安競争という視点に立てば、他の国が参入している時に傍観するというオプションは短期的には参入各国を益することになり、これも又受け入れがたい所がある。 よってドイツにとってのベストは、ユーロの価値を人為的に毀損させるような手段を通じずにユーロ高が一定範囲内に納まる(あわよくばユーロ安になる)事であり、彼らが通貨安競争をしきりにけん制するのはこのポジションからの発言と考えることも出来るだろう。

通貨安競争、「敗者しか残らず」=独連銀総裁、重ねて警告
時事通信 2月12日(火)5時56分配信
 【フランクフルト時事】ドイツ連邦銀行(中央銀行)のワイトマン総裁は11日に行った講演で、各国が意図的な自国通貨安を目指す「通貨安競争」では、最終的に「敗者しか残らない」と語った。同総裁は、日本などの金融緩和策について、通貨安競争を招くとの批判を繰り返している。
 ワイトマン総裁は「政治主導の通貨安が持続的な競争力強化につながらないことは、過去の経験が示している」と指摘。「(通貨安を狙った金融緩和策で)多くの国が自国の紙幣を刷れば、敗者しか残らない通貨安競争に行き着く」と語った。 


筆者は前回のエントリーでも書いたように、通貨安競争の最大の問題は新興国への資本の過剰流入とそれによって引き起こされる新興国経済の不安定化だと考えているが、その戦場となる新興国側には通貨安競争をコントロールする能力はなく、特に今回のように「国内目的の金融政策」が結果として(?)通貨安競争を加熱させるというパスに対してはなかなか効果的な批判も対策もうてない。 そういった環境下で、この競争が加速するかどうかにユーロ圏の判断が大きな影響を持つことは明らかであり、ユーロ圏内のドイツ・フランスの綱引きからは当分目が離せないことになりそうである。