「ドイツ国債札割れ」の意味と「ユーロ共同債権」「EU条約改正案」について

ドイツ国債の入札が不調に終わったことについて(参照:「波紋呼ぶドイツ国債入札不調」)。


筆者は今回の札割れが即ユーロの更なる危機に繋がるとは考えていないが、その含むところは非常に興味深いと考えている。


多くの識者が指摘するように今回の入札が不調に終わった主な原因は単に利回りが低すぎた為と考えてよいだろう。名目金利は、一般に

  • 名目金利 = 実質金利 + 予想インフレ率 + リスクプレミアム

とあらわされる。この内、ギリシャ、イタリア、スペイン等の国債金利が急騰しているのは「リスクプレミアム」部分の急騰によるものと理解できる。 要はこれらの国が本当に借金を返せるのかどうか市場が疑っているわけである。しかし、ドイツの場合、借金を返せなくなるリスクは極めて低い。 もちろんドイツであってもユーロを勝手に刷ることはできないが、現実問題としてドイツが借金を返せないような状況になれば、ECBはユーロを刷らざる得なくなるだろう。 又、ドイツを初めとするヨーロッパ諸国の経済成長見通しは軒並み大幅に切り下げられており、実質金利も上昇する理由は無い。


よってこの現状を考えれば今回の国債入札の利回りが低すぎると市場が判断した理由は以下の二つの要因による所が大きいのではないかと思われる。

(1) 予想インフレ率の変化
(2) ユーロ共同債権への期待


(1)については、アメリカをはじめとする"外野"の人々はユーロ圏の幾つかの国の財政危機に対してECBによる無制限の国債買い支えでの対応を主張しているが、それを行えばユーロ圏全体でインフレ圧力が発生する。 これはドイツがインフレになるかどうかとは関係なく、ユーロ圏外から見ればユーロ安圧力となるため、ユーロ建て債権に求められる利回りは上昇することになる。

(2)のユーロ共同債権はまだ議論の段階ではあるが、ドイツさえ賛成すれば成立する可能性は高い。 そしてもし国債から共同債への全面切り替えになれば、デフォルトリスクがドイツ国債並みに低いユーロ建て債権が、ドイツ国債より高い利回りで大量に出回ることになる。 ドイツ国債が買われていたのは収益面より安全資産としての側面が強かったはずだから、今回の入札についてはユーロ共同債の結論がでるまでは様子見しておこうという判断があったとしても不思議では無いだろう。


そして以上を併せて考えれば、結局今のユーロ圏の財政危機に関してドイツは一定の負担を免れ得ないということになるのではないだろうか。

ユーロ共同債権に合意すれば、市場からの資金調達コストが上がるし、合意しなくてもECBが財政危機に対応すればユーロ圏全体でのインフレ圧力によって資金調達コストはやはり上がる。 ルートは違ってもドイツが一定の負担を負わざる得なくなることには大きな違いは無い。

ドイツにとってのベストのシナリオは各国が緊縮財政や増税等の自助努力で問題を解決してくれることだろうが、それは恐らく既に手遅れである。 その解決策を取る為には各国が拡張的な財政政策をとっていたりバブルを後押しするような政策をとっていた段階でそれらの政策を抑制する必要があったはずあり、そういった拡張的な政策が維持できなくなってから事後的に対応してもできることは限られている。 財政健全化は第2の欧州危機を繰り返さないためには必要だが、目の前にある財政危機の根本的解決にはなりえない。


今回の札割れはドイツ国民に対する「どう転んでもユーロ圏の財政危機をドイツの負担無しで解決するのは無理!」というシグナルだったと見ることも可能だろう。 そして、どうせ負担するならこの際それなりの条件を呑ませようというのが、ユーロ共同債と平行して議論されている財政規律の強化を含む「EU条約改正案」と言えるかもしれない。 結局、今回の危機の顛末も既に起こってしまった財政危機は痛みの負担によってのみ解決され、将来の財政危機は今後の自己抑制によってのみ防がれる、という過去何度も繰り返されてきた話の別バージョンにすぎないという事ではないかと筆者は考えている。


[追記]
ドイツにとっての現状はたとえるならルームシェアしている仲間と飲食店に入って散々食い散らかした後に、他のやつが十分な金を持ってないことが分かっても、自分が食べた分だけのお金をはらって一人だけ店を出て行くわけにはいかないというような感じではないか? 金が無いやつはもちろん、一応自分が食べた分程度のお金は持っていた国(イタリアとか?)もまとめて無銭飲食の罪に問われる危機に陥ってるわけで、とりあえず金をもってるドイツが払ってやるしかない。 まあ金が無いやつはサラ金に行って借りて来い、ってのもありかもしれないが、結局サラ金で首が回らなくなったら、ルームシェアしてる家賃の支払いの方で困るし、仲間内の空気も悪くなる。 ただ、ドイツとしては「今回は金を貸してやるから今後は迷惑掛けんなよ」と考えるのは当然で、金を借りたやつがこれからも無駄使いし続けるのをやめさせて、ちゃんと借金を返させるための約束が欲しくなる。 これがユーロ共同債と平衡して議論されている財政規律の強化案だという感じではないだろうか?