相対価格と一般物価は本当に別物なのか?

前回のエントリーで相対価格について少し触れたので、ついでに長らく書きそびれていた相対価格と一般物価の関係に関するエントリーをアップしたい。


相対価格と一般物価が完全に別物であるという議論は一部のリフレ派が好んでするところであり、彼らに言わせれば「経済学のイロハのイ」であるらしいが、これは一次近似としては有効なものの、厳密さを求めるのであれば常に成り立つものではなく、むしろ成り立つためには特殊な前提条件が必要な仮説であると筆者は理解している。


この点についてコメント欄で教えていただいた一橋大学経済研究所の渡辺教授の論文「供給ショックと短期の物価変動」に分かりやすい説明と図があったので、こちらを参照させていただきながら少し説明を加えてみたい。(一部説明と図を引用させて頂いたが、以下の理解自体は渡辺教授の論文の説明と同じわけではない(おそらく)。)


まずこの論文では相対価格が一般物価と別物であるとの主張について、

供給ショックとは相対価格の変化であり,これと一 般物価の変動は別物であると主張されることがある。 その代表例は,石油危機が物価に及ぼす影響に関する フリードマンの説明である(Friedman (1975))。すなわち,石油関連商品の価格が上昇すると,消費者の予算制約が不変の下では,それ以外の商品の購入に割ける金額が減少する。その結果,石油関連以外の商品に 対する需要が減少し,これら商品の価格が下落する。 石油関連商品の価格上昇は石油関連以外の商品の価格下落により相殺されるため,全商品の平均値である一般物価は不変に止まることになる。これは,実物ショックは相対価格のみに影響し,一般物価は貨幣集計量で決まるという古典派的二分法に沿った考え方である

と紹介している。


しかし、現実にはこのフリードマンの説明に反し、石油価格の高騰がインフレ要因となっていることは明らかなように見える。なぜこのような違いが生じるかと言えば、少なくとも短期的には「石油関連の商品の価格上昇は石油関連以外の商品の価格下落により相殺され」ない為と考えられる。

この点について同論文では

Friedman の説明はその他商品の価格が需給に応じて迅速に変化すると仮定している点に特徴がある。つまり,相対価格の変化が一般物価に影響しないという主張は,価格が完全に伸縮的との仮定に強く依存しており,Friedman への反論の多くはこの点を問題視している。例えば Gordon (1975) は,石油関連商品の価格は伸縮的であるが,それ以外の商品の価格は粘着的であると主張している。粘着性に関するこの認識が正しいとすれば,石油関連商品の価格上昇は直ちに実現される一方,石油関連以外の商品の価格下落は実現されない。したがって一般物価水準が上昇することになる

と説明されている。 つまり相対価格の変化が一般物価に影響しないという仮説は各財の価格が完全に伸縮的である(か、同程度の価格粘着性を持っている)との前提に強く依存しており、そうでない場合は相対価格の変化は一般物価に影響するということになる。


では実際に原油価格が高騰した時に、一般物価はどのような反応を起こすのだろうか? 


論文では第一次石油危機の前後で品目別価格上昇率の分布がどのように変化したかを検証し、以下のグラフを作成している。 (このグラフは消費者物価指数を構成する全品目の個別価格の変化率を密度関数で示したもので個別価格の変化と一般物価の変化を同時に検証するという目的では非常にスマートな手法だと思う。)



この品目別価格上昇率の密度関数は第一次石油危機が起こる直前の1972年時点ではゼロをやや超えたところにピークを持つ比較的左右対称な分布を示しているが、危機後の1973年では右へと大きく裾を広げている。 これは石油関連商品の価格上昇を反映したものであるが、この石油関連商品の価格上昇を打ち消すような石油関連以外の商品の価格下落(分布の左裾の広がり or 左へのスライド)は図では確認できない。この傾向は1974年にも引き続き見られるが価格上昇が一巡した1975年にはほぼもとの分布に戻っている。

特に石油関連商品の価格上昇が一巡した後の1975年の分布がほぼ石油危機前と同じとなっているのは興味深い点である。 これは(少なくともこのケースでは)個別価格の上昇が一時的に一般物価を上昇させるだけでなく、その上昇分は累積される、つまり反動による後日の一般物価の下落によって調整されたりはしないことを示している。


つまり、もし個別価格の上昇(下落)が繰り返されれば、その一般物価に対する影響も累積していく可能性があるということであり、ある財の価格が持続的に下落しつづければ、それは一般物価に対する持続的な抑制圧力になりうるということである。


日本においてデフレ期に価格を下落させ続けてきた個別品目と言えば、耐久消費財があげられるだろう。また、過去何度か書いたので繰り返さないが、耐久消費財の継続的な価格低下は人口問題(人口増加率の低下)が原因の一つだと筆者は考えている。 


人口問題が個別価格に影響し、個別価格が一般物価に影響するというルートは、一部のリフレ派からは「なにもわかっていない」と批判を受けることが多いロジックであるが、以上のことを考えると、日本のデフレの一要因(注1)としては十分にありうるだろうというのが筆者の考えである。



(注1) 以前にも書いたが念のために繰り返しておくと筆者はこれだけが理由でデフレが起こったとは考えていないし、むしろ主因は別にあると考えている。 ただし日本の特殊性を考えるうえで人口問題は重要であり、デフレの一要因としては十分に考慮される必要があることは確かなはずである。


[追記]
各財の価格粘着性が違うとどうなるかについては以下のような例はどうだろう?

・ 仮に予算制約が不変の下でiPhoneの価格が下落し、その分の購買余力を多くの人間がiTunesで音楽を買うことに費やしたとすればどうなるだろうか? iTunesの音楽の売り上げは上がるだろうが、値段が上がることは無いだろう。 この場合、価格に対する影響はiPhoneの価格下落分だけである。

・ 或いはiPhoneゲームの人気が上がって、任天堂3DSが対抗上価格を下げねばならなくなった場合はどうだろう? この場合もやはり価格に対する影響は任天堂3DSの値下げ分だけとなる。

以上はやや特殊な例ではあるが、生産余力が大きい先進国に於いては、需要が増えても価格が反応しない(上がらない)製品は非常に多い。価格が完全に伸縮的という前提は現実世界では(特に先進国では)それほど当てはまらないのではないだろうか?