スイス中銀の為替シーリングと日本での為替シーリングの可能性について

長らくフラン高に苦しめられてきたスイス中銀がとうとう奥の手中の奥の手、為替シーリングに乗り出した。スイス中銀は6日、今後、一段のスイスフラン高を抑制するため、1ユーロ=1.20フランを下回る水準を容認っせず、無制限に為替介入を行う方針を示し、これを受けてスイスフランは暴落した。

少し前から噂は出ており、警戒感からフランの高騰は一時小休止していたが、またじわじわ1.1 (EUR/CHF)へと近づいていったことから決断したのかもしれない。


さて、同じ通貨高に悩まされているスイスがこういう非常手段に出れば日本でも政府・日銀に同じ事をやれとの声が高まるだろう。 しかし幾つかの理由から日本がスイスに続くのは現実味が無いし、やるべきでは無いと筆者は考えている。


まず言うまでもないことであるがスイスと日本は経済の規模が違い、日本の金融政策が世界経済に与える影響は遥かに大きい。 その中で経済成長率や失業率から見て、他国より大きな困難に直面しているとは必ずしも言えない日本が、自国の輸出産業保護の為にその様な手段をとることは他国から容認されない。よって本来ならここで終わりの議論ではある。


しかし仮に国際社会が容認すれば(そういうことは起こらないと思うが)どうなるだろうか?


結論から言えば日本が為替シーリングに踏み切れば、金融危機と財政破綻危機に見舞われ、日本経済はめちゃめちゃになる可能性があると思う。


例えばもし今、日銀が80 (USD/JPY)で為替シーリングし、それより円高になる場合は無制限に為替介入すると発表したら何が起きるだろうか?


もしこのアナウンスを皆が信用したとすれば、まず起こるのに日本国債の投売りだろう。 米国債も相当低金利であるが、それでも日本国債よりは高い金利がついている。もし円が80円より円安になることはあっても円高になることは無いのであれば、敢えて低金利のまま日本国債を保有していることによるメリットは何があるだろうか?

結果としてかなり速やかに日本国債の利率は米国債の利率に追いつくだろう。国債金利が上がることによる財政の悪化や国債残高の対GDP比、そしてドルが基軸通貨である事などを加味すれば日本国債の金利は米国債金利より高くなる可能性も十分にある。


銀行への預金も同じで、為替リスクが軽減されれば高金利の外貨預金の魅力は大きく高まるはずである。為替シーリングの直接の相手としての米国だけでなく、ドルとの間の為替変動リスクを考えれば、ブラジル等の発展途上国に流れ込む資金も相当なものになるだろう。


現在の日本の財政と金融システムは円建ての流動資産の多くが国内、特に国債に向かうことを前提になりたっているが、もしこのような状況になればその前提は一変する。 国債が暴落すればそれに寄りかかっている金融機関・金融システムもただではすまない。もちろん支出の過半を国債に頼っている財政に与える影響も甚大だろう。 財政と金融システムの両方が毀損すればますます状況は悪くなる。


ではこれらのデメリットを打ち消すだけのメリットが為替シーリングにあるだろうか?円高対策を求めている輸出関連企業は一服つけるだろうが、もし80円に固定されるだけならどんどん国内投資しようという事にはならないのではないか? しかも財政破綻が深刻な問題となれば大幅増税が予測されるわけで、なおさら投資意欲はわかないだろう。


以上の事を考えると日本が為替シーリングをとることは自殺行為に見えるし、実際にやることはありえないと思うが、政府・日銀に対する風当たりが強くなることは確かだろう。幸い連想ゲーム的に?フランの為替シーリング移行発表後、円についても円安方向への動いており、投機的な資金の動きによる急激な円高が警戒感からこのまま抑制されつづければありがたいが、今後どうなるかは全く予断を許さない。 野田新政権はいきなりこれまで以上に難しい舵取りを迫られることになりそうである。