日本の非製造業の労働生産性が低い理由

日本経済の問題点の一つは非製造業の労働生産性が他国に比べて低いことであるという説は以前からあり、その原因を非製造業自体に求める論も多くあるが、それは妥当だろうか?


非製造業の労働生産性が低いということはその産業に働く労働者の賃金が高すぎると言うことである。

しかし実際の賃金を見てみるとむしろ「ワーキングプア」と呼ばれる人々の多くもこれらの産業の労働者に含まれており、日本の一般的な感覚では必ずしも彼らの賃金は高いとは言えない。 むしろ多くの人はこのくらい無いとまともに生活していけないレベルの賃金に留まっている。

ではなぜこの国内的には低賃金なのに、他国との労働生産性比較の面では高賃金なのかと言えば一つは円が強いこと、もう一つは物価が高いこと、が理由ではないだろうか。


つまり日本の非製造業の労働者は高物価の為、実質としては欧米の同労働者より低賃金(低待遇)で働いているが、円高の為、名目では高賃金となっているということである。

これらは実態としての非製造業の労働者のパフォーマンスとあまり関係が無い。円高と物価高をもたらしているのは非製造業ではなくむしろ輸出産業の主力である製造業である。


輸出製造業(例えばトヨタ)が何らかの業務改善により国際競争力を伸ばしたときにその競争力強化分の多くを国際市場におけるシェアの拡大に向け、価格の引き下げや同価格での品質向上にまわせば短期的には売り上げは伸びるが、中長期的には輸入国の大幅赤字とその結果としての円高を誘発することになる。


円高はストック面では円建て資産の価値の上昇をもたらし、日本を裕福にする反面、フロー面では経済に負担をもたらすことになる。


例えば1ドル=200円の時に米国で1本30セントの缶コーラが日本で100円だったとすると、 円高で1ドル=100円になれば、缶コーラの値段はどう改定されるだろう? 

もちろん単純に1本50円にはならない。値段を下げれば販売量はある程度増えるだろうが、売り上げ的には大きくマイナスになる可能性が高い。 日本人の所得もコーラに対する需要も変わったわけでは無いのに売り上げをマイナスにするような価格改定をする必要性も「短期的には」無い。

但し、一方でこれだけの内外価格差を抱えてしまえば当然その差額を狙って儲けようとする動きが出てくる。 輸送費を考えても米国直輸入の缶コーラを同ブランドの日本の缶コーラより安く売って儲けることが可能になるからである。 これは潜在的に日本の缶コーラに対する値下げ圧力になると共に、その他の日本の飲料全体に対する値下げ圧力にもなる。 もし缶コーラが50円になれば、たとえ米国では生産していない日本限定の飲料も対抗上値下げせざる得ないからである。


缶コーラの値段同様に賃金も「短期的には」為替に連動して下落したりはしない。もし生活費(物価)が為替連動で下がらないのに賃金だけが為替連動で下がれば途端に生活が成り立たなくなるからこれは当然である。しかし中長期的に物価が徐々に下がっていった場合にも名目賃金を下げることに対する抵抗は強い。最初から物価に連動すると決められている年金でさえ当初は値下げは保留された。


上記を併せて考えると、急激な円高は短期的には(他国との比較で見た場合の名目での)物価高騰と賃金高騰を起こす。しかし物価高は貿易等による内外価格差是正を通じて徐々に調整されるが、賃金高はなかなか調整されない。非製造業の売り上げにつながる各種サービス価格等は物価と連動する部分が大きい為、これらの一連のサイクルを通じて、売り上げに対して賃金が割高になる。 このメカニズムが日本の労働生産性が抑制される要因の一つとなってきたというのが筆者の理解である。


この理解からは「非製造業の労働生産性を上げるには○○すべきである」という結論を導くのは難しい。 政府規制が問題で労働生産性が低いのであれば規制を撤廃することが解決案になりうるが、製造業の国際競争力向上が一因であるからといって国際競争力を低下させるような施策(関税や法人税増加)を行えば、自らの頸を絞めることになる。 国際競争力が向上し、輸出を増やしているにも関わらず、通貨を固定することは(中国がやっているように)短期的には可能かもしれないが、最終的には輸入国の赤字が限界に達し、プラザ合意のような形で急激な為替変動を引き起こすことになる。一方で物価と賃金の為替変動に合わせた調整(下落)を短期でやろうとすれば、大恐慌を引き起こす。 


結局日本が試行錯誤しながらやってきたように長い期間をかけて徐々に物価と賃金を調整していくことが経済的・社会的混乱を最小限に留めつつ景気を回復させていく手段という事になるのではないだろうか。