デフレ脱却プロセスはもう始まっている?

ニュース等では殆ど取り上げられていなかったが「デフレ脱却国民会議第2回シンポジウム」なるものが行われたらしく、そこで岩田規久男氏がデフレ脱却プロセスをわかりやすく説明したという事が「日本は破産しない!(オフィシャルページ)」さんに紹介されていた。
以下がその内容である。

  1. 中央銀行が客観的な目標を持ち、ベースマネーを増やし続けることにコミットする
  2. 予想インフレ率が上がる(=物価連動債の金利が上がり始める)
  3. インフレを予想した人々(法人も含む)が、デフレ時代に死蔵していた現金で株や土地や外貨など値上がりしそうな資産を買い求める。(=普通預金から資産市場に資金が流れ始める。)
  4. デフレ時代に貯め込んだお金は相当な額なので、しばらくの間はこのお金を回転させるだけで資金が賄える。いきなり銀行の貸し出しが増えることはない。つまり、デフレ脱却に際して、当面はMv=PYのv(貨幣の流通速度)が増加するが、Mは増加しない。(アメリカでも日本でも大恐慌から脱出する際は3年ぐらい金利は上がらなかった)V
  5. 景気が良くなってくると貨幣の流通速度を上げるだけでは資金が足らなくなる。この状態になって初めて銀行貸出の出番になる。Mv=PYのM(貨幣量)が増加するのはこの段階である。

確かにわかりやすさはあるかも知れないし、「ベースマネーを増やしても物価は殆ど上がらなかったじゃないか!」という池田信夫氏を初めとする反リフレ派の批判に対する予防線も一応張ってはいるが、正直なところこの説明を聞いて「なるほど!」とはとても思えない。 


まず(2)の予想インフレ率を上げる手段として(1)で中央銀行のコミットをあげているが、中央銀行にコミットメントだけで期待インフレ率を上げる能力があるかどうかについては不明であり、以前はこの説を強硬に主張していたクルーグマンも今は財政政策により主眼を置くべきとの立場に変わっている。


そしてなんとか(2)をクリアしたとしても、次に起こることは「普通預金から資産市場に資金が流れ始める」事らしい。 


それなら今でも十分に起こっている。 


国債金利や金、原油、食料などのコモデティ相場を見れば一目瞭然である。 

資産市場に流れ込んだ資金は資産の高騰を通じて幅広く生産コストを上昇させ、コストプッシュインフレを起こす。そしてそちらも世界的には既に始まっている。

以下の図は各国のインフレ状況を、食料、エネルギー、その他で分けて示した図であり、世界中で食料・エネルギーのコモデティ価格の上昇がインフレ圧力となっていることがわかる。 そして発展途上国ほどその影響が大きくなっている。


(平井俊顕ブログさまより拝借:http://blogs.yahoo.co.jp/olympass/51572467.html


では、このままコモデティ価格の上昇が続けば次の段階(5)に進むのだろうか? 

次の段階へ進む必要条件はインフレ率が上がることではなく、「景気がよく」なることである。 
コストプッシュインフレで景気が良くなるのなら民主党が主張する消費税増税でも景気が良くなりそうなものであるが、恐らくは両方とも目先の景気を好転させる効果は期待できないだろう。


ちなみに同じリフレ派でも高橋洋一氏は以前の「現代ビジネス」の記事で資金が資産市場に入ることを懸念されている。

ワルラスの法則での、非マネーは、財・サービスだけではなく、資産市場も含まれる。シニョレッジが資産市場に入ると、財・サービス市場の価格は上がらずに資産バブルになるおそれがある。

むしろ、財サービスの価格を上げるためには、資産市場のほうには一定の歯止め措置が必要なくらいだ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1528

同じリフレ派でもデフレ脱却プロセスはかなり違うようだが、「リフレ派の理論が正しいことは明らか」という人はどちらの理論が正しいと思っているのだろうか?


(追記1)
ちなみに筆者は、岩田氏の「インフレを予想した人々(法人も含む)が、デフレ時代に死蔵していた現金で株や土地や外貨など値上がりしそうな資産を買い求める」という説明と、高橋氏の「シニョレッジが資産市場に入ると、財・サービス市場の価格は上がらずに資産バブルになるおそれがある。」という説明は正しいと思う。 つまりリフレ政策を実施すると財・サービス市場の価格が上がって景気が良くなる前に資産バブルが発生する恐れが強いと考えているということになる。

(追記2)
米国は金銀相場の加熱を防ぐため先物取引の取引証拠金を引き上げたりしているようであるが、これは資産市場へ資金が流れ込むことによって貨幣の流通速度を上げるという岩田氏の考えるデフレ脱却プロセスが滞ることを意味しているはずであるが、リフレ派的には賛成なのだろうか反対なのだろうか?