財政再建の条件について

今回も前回に引き続き、財政再建について考察してみたい。


そもそも財政再建が達成されている状態というのはどういう状態だろうか?


もちろん究極的な財政再建は「国債残高=0」という状態だろう。この場合、金利が上がろうが下がろうが財政は全く影響を受けない。 ただ、このような状態が達成されることは現実問題としては考えにくいし、その様な状態にならなくても財政が維持可能な状態というのは実現可能である。

前々回のエントリーでは財政の維持可能性について

よってやや迂遠な言い方になるが、国債金利を一定の範囲内で抑えたまま市場で国債の借り換え・新規発行が安定的にできる状態が財政が維持可能な状態であり、それが不可能となる状態、つまり財政懸念が金利上昇を呼び金利上昇が更なる財政懸念を引き起こすような状態、が財政破綻の状態(或いはそれに準じる状態)と言ってよいのではないだろうか。 

と言及したが、この線に沿って説明するなら「財政再建」というのは財政懸念による自己実現的な財政破綻がより起こりにくい状態になることと言える。

その究極は先ほど述べたように「国債残高=0」であるが、より一般的には国債残高の規模が市場が問題ないと考えるレベル以下に抑えることと考えられる。


「財政懸念」には様々なファクターが関係してくるため、特定の指標で計るのは困難であるが、比較的有効な指標としては「国債残高の対GDP比」があげられる。

これは財政赤字の維持可能性について有名なドーマー条件では

財政赤字の維持可能性とは、対GDP比でみた政府債務残高が膨張し続けずに、一定の割合以下で推移することを意味する。

となっている。現実には「国債残高の対GDP比」が上昇しなければ財政破綻が発生しないというものではないが、「国債残高の対GDP比」が上昇し続ける状態は財政破綻リスクを上昇させ続けているという事はいえるだろう。

よって以下ではとりあえず財政再建の一つの条件として「国債残高の対GDP比」が上昇していかない状態である事を想定し、話を進める。



ドーマー条件は

プライマリーバランスが均衡しているもとでは、名目GDP成長率が名目利子率を上回れば財政赤字は維持可能である

という仮定とあわせて紹介され、よって「プライマリーバランスの改善=財政再建」とされることが多いが、これは間違いとは言えないまでも、以下の2点を考えると若干乱暴な議論ではある。


1点目は、プライマリーバランスが「改善」しただけで「達成」されていなければ、「国債残高の対GDP比」は上昇し続ける可能性が高く、(速度は落ちるものの)財政自体は悪化しつづけていくということ。

そして2点目は、プライマリーバランスが達成されたとしても、名目金利>名目成長率下では「国債残高の対GDP比」は上昇し続けるということである。


2点目について若干説明を加えれば、名目GDPは当然名目成長率で増加していくが、プライマリーバランスがちょうど達成された状態では、国債残高の元利払いは一切行われないので、国債残高も名目金利分毎年増加していく。よって名目金利>名目成長率であれば「国債残高の対GDP比」は上昇し続ける。

ちなみに名目金利と名目成長率のどちらが高い状態が一般的(長期安定的)かというのは論点の一つではあるが、筆者は「名目金利>名目成長率」が一般的な状態と考えており、今回はこれを前提として考察する。


上記を考えると、「国債残高の対GDP比」の上昇を食い止めるためには、歳入は支出を「国債残高 x (名目金利 - 名目成長率)」だけ上回らなければならないということになる。(この時、国債残高は毎年「国債残高x名目成長率」分積み増されることになり、国債残高の伸びと名目GDPの伸び率が等しくなる。)


これは、国債残高が増えれば増えるほど、そして(名目金利 - 名目成長率)が高ければ高いほど財政再建のハードルが上がることを意味している。


2010年度の支出は約72兆円、内国債残高は約760兆円であるので、(名目金利 - 名目成長率)が1%なら歳入は約80兆円、(名目金利 - 名目成長率)が2%なら歳入は約87兆円必要という事になる。一方で同年度の税収は37兆円に留まっており、その他収入を足すとしても、数十パーセントの税収増では追いつかないことは明らかである。


もちろんより長期的な視点に立つとすれば税収弾性値が1以上であることをもって、一時的には「国債残高の対GDP比」が上昇しても名目成長率が高ければ、税収も高い率で累積的に伸びていくので、(支出の伸びをそれ以下に抑えれば)いつかは「国債残高の対GDP比」が下落に転じるという意見もありうるし、計算上は確かにそうなる。

但し、この場合、その「いつか」が来るまでは財政破綻リスクは上昇しつづけるということと、税収弾性値>1の状態が続くという事は、GDPに占める税負担の割合がどんどん上昇していくことである、という事に留意する必要がある。

このケースを前提として「財政問題は心配ない」と主張する場合には、当面は「国債残高の対GDP比」が上昇しつづけても財政懸念は高まらないということと、公共工事や社会保障を含めた政府による支出の伸びを名目成長以下に抑えつつ、対GDPでの税負担割合をどんどん上げて、しかも名目成長4%を長期にわたって維持していくという事が可能かどうかについても考察を行うべきであろう。



話を戻すと、以上の考察に従えば、財政再建の前提となる条件は単純に言えば「(名目金利 - 名目成長率)を低く抑えたまま、税収を増加させる」という事になる。


通常、名目金利及び名目成長率は以下の式で表される。

 名目金利= 実質金利 + 期待インフレ率 + プレミアム
 名目成長率= インフレ率 + 実質成長率


よって(名目金利 - 名目成長率)は

 実質金利 + 期待インフレ率 + プレミアム - インフレ率 - 実質成長率

となる。


これを踏まえて考えれば財政再建の前提となる上記の条件は以下のようなケースで実現される可能性があると考えられる。


ケース1) 高い実質成長率を達成する

実質成長による名目GDPの増加は、国民の購買力増加を意味し、国民の担税力の強化につながると考えられることから、増税により税収の自然増を上回る歳入増加を図ることも可能となる。(加えて名目金利は実質成長率より期待インフレ率により過敏に反応するので実質成長率を上昇させることができれば、短期的には名目金利<名目成長の状態となりうるという見方もある。)


ケース2) 高い税収弾性値(短期・長期)による税収増効果を期待し、インフレ率を高く誘導することによって高名目成長率を維持する。

税収弾性値が1より大きければ名目GDPが増加すると共に、税収も累積的に(そして名目成長率を上回るペースで)増加していく。よって支出の伸びを名目成長より抑えることができれば長期的には財政再建が可能となる。


ケース3)高実インフレ・低期待インフレ(+金融緩和)で低名目金利のまま名目GDPを増加させる。

金融緩和時には実質金利は低く誘導される。通常は実インフレが上昇すれば金融引き締めが行われ、実質金利が上昇するが、実インフレが上昇しても期待インフレが低い場合は金融緩和は継続されうる。 よって高実インフレ・低期待インフレ下では実質金利は低く維持されることから、名目金利<名目成長の状態となりやすく、名目GDPの増加率 > 国債残高の増加率 という条件も達成しやすい。


ケース4) 低インフレ(+金融緩和)状態で低名目金利のまま税収を増加させる

低インフレ下では金融緩和の継続が予測されることから、名目金利・実質金利共に非常に低い水準に抑制される。よって仮に低インフレのまま税収を増加させることができれば、財政再建も可能となる。


この中で、ケース1)は恐らくは理想的なケースだが、日本のような先進国で高実質経済成長を長期にわたって続けることは難しいだろう。 

ケース2)はいわゆる上げ潮派の主張に近いが、既に述べたように支出の伸びを名目成長以下に抑えつつ、対GDPでの税負担割合を上げて、名目成長4%を維持していくという事が可能かどうかという疑問が残る。また、名目成長率の大部分がインフレで占められた場合、全く購買力が上昇しないのに対GDPでの税負担割合ばかり増えていくことになってしまう。
つまりこのケースの成功の鍵は高い実インフレが高い実成長率と同時に起こることであるが、これらは常に同時に起こるとは限らないことは過去のスタグフレーションの例や、現在のイギリスの例(高実インフレ、低実質成長)を見ても明らかである。


残りのケース3)は今のイギリスのケースに近く、ケース4)は2002年から2007年ごろまでの日本に近い。

どちらも金融緩和(実質上のゼロ金利)を継続しており、名目金利も実質金利も低く抑えられている。 但し、イギリスは高インフレ・通貨安となり、増税・社会保障カット等の直接的な財政再建も平行して行っている。 日本は2002年から2007年にかけての景気回復局面でも実インフレは、名目金利共に低水準を維持した。その間、税収は2003年の43兆円から2007年の51兆円まで回復し、プライマリーバランスの達成も見えてきていた。


現在の日本においてこれらのケースのどれが機能するのかについては評価が難しい。ケース1)は最も痛みが少ないが、最も実現が難しいだろう。 ケース2)は上手くいけばケース1)についで理想的であるが、上述の通り上手くいくとは限らない。 上手くいかなければケース3)へと転進を図ることになるが、これはかなり痛みを伴うルートである。 ケース4)も痛みを伴うが、ケース3)と比べると短期的な痛みはマシだろう。 即効性という意味ではケース3)の方が短期で財政再建できる可能性があるが、破綻へと転がり落ちるリスクも恐らく3)の方が高い。


逆から見れば、財政破綻へのリスクを増大させる、個人的に最も避けるべきと思われる政策は、長期金利の「プレミアム」を高騰させるような政策で、具体的に言えば無制限の国債の日銀直受けや、財源の裏づけの無い恒久的なばら撒き政策の実施などである。 名目金利を無駄にあげるばかりか、自己実現的な財政破綻への引き金になる可能性も高く、その弊害は非常に大きい。 


いずれにしても短期間で財政再建を達成するのは難しく、又実際に財政再建にこぎつけることができるかどうかも不明といわざる得ない。そしてどのケースでも少なくとも当面は財政破綻リスクは上がり続けることになる。 おそらくここまで財政が悪化した状態からのスタートであれば、どのような対策をとったとしても財政再建確実というような都合の良い解決策は存在しないということだろう。


さて、本ブログでの経済・財政に対するエントリーはネガティブなものが多い。 

そもそも経済の現況が苦しい状態になっているとすれば、それは多くの場合過去に問題があったからであり、とりあえず緊急的な処置は行うことができても、過去を変えることができない以上対応策は限られている。そして気をつけるべきは同じ間違いを繰り返さないことである。というのが基本スタンスなので、「直ぐに経済を立て直すには何をすべきか」という形の提案は基本的に持ち合わせていない。せいぜい「養生すること」くらいである。

しかしたまには趣向を変えて次回は財政再建の「Plan B」を筆者なりに考えてみたい。