ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授による量的緩和、マイナス金利評

3月に行なわれた「金融経済分析会合」におけるノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授の提言については「消費税の増税は延期すべきだ」というものが繰り返し伝わってくるが、後日開示された説明資料を読むと、量的緩和・マイナス金利等の金融緩和政策に対してかなり批判的に切り込んでいることがよくわかる。

まず以下にスティグリッツ教授提出資料の金融政策関連のページとその日本語訳を示す。

Responding to the situation これらの状況への対応


Conflicting views about obvious instruments: monetary policy 理解しやすい手段に対する相反する見解 : 金融政策

  • Monetary policy has largely run its course
  • 金融政策は既に十二分に実施された。
  • Never very effective in deep downturns: the only effective instrument is fiscal policy
  • しかし、それは深刻な経済停滞時に非常に有効であったことは一度もない。そのような時に唯一の効果的な手段は財政政策である。
  • Real problem not zero lower bound - slight lowering of interest rates (into negative territory) will not work
  • 本当の問題はゼロ金利制約ではない。(マイナスの領域に入るまで)金利をさらにほんの少し下げても効果はないだろう。
    • Experiments with negative interest rates unlikely to stimulate much, may have adverse side effects
    • マイナス金利の試みが景気を大きくは刺激するとは考えにくく、むしろ悪い副作用をもたらす可能性もある。
  • QE increased inequality, did not lead to significant increase in investment (if any) and because of financial market imperfections/irrationalities may have led to mispricing of risk and other financial market distortions
  • 量的緩和政策は不平等を拡大した。それは(もし効果があったとしても)投資の大幅な増加にはつながらず、金融市場の不完全性あるいは不合理性により、リスクのミスプライシングやその他の金融市場の歪みをもたらした可能性がある。
    • One of main benefits was competitive devaluation - but that’s a zero sum game
    • 主な便益の一つは、競争的な通貨の切り下げとなるかもしれないが、それは、 ゼロ・サム・ゲームにすぎない。
    • In absence of adequate fiscal policies, “only game in town”- matters would have been worse in its absence
    • 適切な財政政策なしでは、「唯一の選択肢」問題は更に悪化する一途となるだろう。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusaikinyu/dai1/gijisidai.html

尚、日本語訳は事務局による日本語訳をベースに筆者で若干修正した。 

たとえば「Monetary policy has largely run its course」の訳は「金融政策は、概ねその役割を全うした。」となっていたが、"run its course"に「役割を果たした」というような意味を含めるのは意訳?のし過ぎだろう。 "run its course"はそのまま訳せば「その自然な経過をたどった」、「一巡した」或いはこの場合単に「実施した」であり、ここでは”has largely run its course"なので「既に十二分に実施した」というとこになる。 

また、この中で出てくる「リスクのミスプライシング」については氏の著書等での主張を考えると「資産バブル」を指していると考えるのが妥当だろう。


つまり、ここでスティグリッツは先進国でこぞって行われてきた金融緩和の結果・経過について

  • 金融政策は既に十二分に実施されたが、それはたいして有効ではなかった。
  • 金利のゼロ制約は問題の本質ではない。このような状況下で少しくらい金利を下げてもほとんど効果がない。
  • マイナス金利もたいして機能するとは思えず、むしろ悪影響をもたらす可能性がある。
  • 量的緩和は不平等を拡大した。
  • さらに量的緩和は(資産バブル等の)リスクのミスプライシングやその他の金融市場の歪みをもたらした可能性もある。
  • 敢えてあげるとすれば主な便益の一つは、競争的な通貨の切り下げとなるかもしれないが、それは、 ゼロ・サム・ゲームにすぎない。

と、わずか一ページで端的に(そしてかなり否定的に)その評価をまとめ上げたことになる。 


尚、これらの金融緩和への評価はこれまでブログで書いてきた筆者の評価とほぼ一致している。これは何も筆者の評価がどうこうというような話ではなく、過度の金融緩和に懐疑的な立場からリーマンショック以降の世界経済の現実を見れば普通に導き出される評価にすぎないというだけの話であり、実際に日本でも多くの経済学者や評論家がほぼ同様の見解をかなり以前から呈している。

過剰な金融緩和が最終的にどれだけの負の副作用を世界経済にもたらすのかはまだ予断を許さない段階ではあるが、敢えて一連の金融緩和実験(?)のプラス面をあげるとすれば、魔法の杖であるかのように喧伝されてきた金融緩和がそれほど効果的でもなければ副作用のないフリーランチでもないということが明らかになってきたのは一つの成果とは言えそうである。