20年ぶりの低失業率はアベノミクスの成果?

国内外で「アベノミクスは失敗した」との見方が多くみられるようになりつつあるなか、先日発表になった10月の完全失業率(季節調整値)は3.1%となり、1995年7月以来、約20年ぶりの低水準となった。 確かに雇用は堅調ではあるものの20年ぶりとなると、そこまで景気はいいかな?と首をかしげる人も多いのではないだろうか? 


筆者はその違和感の要因の一つは右肩上がりの医療・福祉産業の就業者数にあるのではないかと考えている。本エントリーではこの辺りを幾つかのデータを示しつつ考察してみる。


まず、失業率の推移であるが、確かにリーマンショック前の最低失業率 3.6%を0.5%下回っており、2%台にとどきそうな勢いである。 


この傾向は就業者数の推移にもあらわれており、労働力人口が減少する中、2012年中盤以降、少しずつではあるが増加傾向にある。


そしてその増加を牽引しているのが先に言及した医療・福祉産業、つまり介護関連の産業の就業者数である。 その就業者数は2002年の462万人から2015年5月の805万人まで実に340万人も増加している。 この規模感が分かるように失業者数とプロットしてみたのが以下のグラフとなるが、2002年1月の失業者数がちょうど340万人程度であり、労働人口が減少するなか医療・福祉だけは当時の失業者数とほぼ同じだけ就業者数を増やしているわけである。


また就業者数からこの医療・福祉産業の就業者数を除くと以下の通りとなり、こちらは2012年頃からほぼ横ばいとなっている。


医療・福祉産業の就業者数の推移から明らかなのは殆ど景気に左右されていないことで、アベノミクスの影響どころかリーマンショックの影響すらほとんど受けずに右肩上がりに増加してきている。 介護職は非常に求人倍率が高いことが知られており、2015年1月時点で、全職種の有効求人倍率が1.02倍のときに、介護職の有効求人倍率は全国平均で2.42倍、東京に限定すれば4.34倍と深刻な人手不足となっている(http://www.asahi.com/articles/ASH145DJQH14ULFA009.html)。つまりこの分野においては需要>>供給となっており、景気の動向と関係の深い非自発的失業者は限定的となっていると考える事ができるだろう。


よって循環的な景気と失業率の長期的な比較を考えるときには、このような趨勢的なトレンドを考慮にいれる必要があることになる。 厳密な検証は難しいが仮に医療・福祉産業の就業者数が2002年から全く変わっていなかったと考えて失業率を試算すると下図のようになり、医療・福祉産業の就業者増が失業率を押し下げている事が分かる。尚、試算結果の足元の失業率は3.5%であり、ほぼリーマンショック前の2007年頃の数値と同じとなる。当時もほぼ完全雇用水準と呼ばれており、現状もそれに近いということであればまずまず納得できるところではないだろうか? 


しかしながら医療・福祉産業の就業者増を牽引している介護関連の産業は平均所得が低く、その就業者増が失業率を押し下げているというのは、賃金の押し上げには必ずしもプラスにはならない可能性が高い点には留意が必要であろう。数字上は低失業率、高有効求人倍となっても介護職の就業者が潜在的な自発的失業者になるとすれば数字に見えるほどの労働市場のタイト感は高まらないということになるからである。


最後にタイトルの「20年ぶりの低失業率はアベノミクスの成果?」について書くとすると、失業率が20年ぶりのレベルまで下がった要因は、失業率の分母側で医療・福祉産業の就業者数が数百万人単位で増加したこと(特に労働参加率の低かった女性を中心に増加したこと)であり、アベノミクスとは直接関係ないというのが筆者の理解という事になる。 そもそも失業率をみても就業者数をみても安倍政権誕生の時期の前後で明らかなトレンドの変化は見て取れず、「アベノミクスがなかったらもっと高い失業率だったはずだ」的な主張は否定できないものの、その貢献度が誰の目にも明らかというレベルにいたっていないことは明らかであろう。