池田信夫教授のエントリーでわかるTPPに反対すべき理由

池田信夫教授がTPP推進派として積極的に記事を発表されているが、筆者にはそこで説明されている理論の中にTPPに反対すべき理由の一部が含まれているように感じる。


池田教授の記事は「TPP = 貿易自由化」という側面を主に取り上げられており、「グローバル化の最大の受益者は見えない」という記事では、自由貿易と関税貿易について以下のように記されている。

しかし自由化の利益は多くの消費者に薄く行き渡るが、その被害は少数の生産者に集中するため、自由化は政治的には困難だ。たとえばアメリカでは、砂糖の輸入制限で消費者は年間15億ドル損をしているが、これは1人年間6ドルなので、消費者には自由化を進めるインセンティブがない。これに対して生産者の利益は1人数万ドルなので、彼らは政治的なレント・シーキングで自由化を阻止するインセンティブをもつ。


さらにこの問題は、世界的にみると囚人のジレンマになっている。他国が関税をかければ自国もかけないと損をし、他国が市場開放すれば自国だけ関税をかけて輸出を増やせるので、双方とも関税を上げることがナッシュ均衡になるからだ。しかし保護主義で世界経済が縮小すると双方とも損をする、というのが1930年代の教訓である。この結果、戦後は自由貿易を進めるGATTやWTOができた。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51751717.html


書かれている内容自体は正しいのだと思うが、そうであれば日本のTPP推進派がよく主張している「最大の受益者は消費者だ」というのはTPP推進の理由としては不十分ということになる。


なぜなら関税を互いに掛け合った状態がナッシュ均衡(であり自由貿易がパレート効率的)だとすると

・互いに関税を掛け合っている状態(A)

・自国だけ関税を撤廃した状態(B)

・互いに関税を撤廃した状態(C)

の3つの状態は (C) > (A) > (B) という順に効用が高いということであり、(C)と(B)の差は相手国が関税を撤廃するかどうか、つまり相手国の関税撤廃による国内の生産者(労働者)へのメリットということになるからである。


つまり「消費者にメリットがある」だけではTPPは肯定されず、同時に発生するはずの国内生産者(労働者)へのメリットが重要ということになる。



その国内生産者へのメリットに関して池田教授は「「空洞化」が足りない」という別のエントリーで以下のように述べられている。

もっとわからないのは、経団連の米倉弘昌会長の「TPPで空洞化に歯止め」という話だ。彼はこういう:

産業の空洞化に歯止めをかけ、国内の雇用を維持するために不可欠なことは、企業が海外で稼いだ利益を日本に持ち帰り、再投資したくなる立地条件を整えることだ。その一つが、貿易自由化の推進だ。韓国は欧州連合(EU)に続き米国とも自由貿易協定(FTA)を結んだ。日本が遅れれば遅れるほど、日本に残るべき生産・研究開発拠点まで流出する恐れが強まる。

企業が「再投資したくなる立地条件」とTPPは、何の関係もない。TPPは貿易自由化のための協定だからである。むしろ貿易が自由化されると、生産拠点を海外に移す「空洞化」は促進されるだろう。たとえば現在、繊維製品には10%の関税がかかっているため、ユニクロが中国で生産した衣類を日本に輸入する場合も関税がかかる。しかしこれがなくなれば、海外生産するメリットは大きくなるのだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/6000953/

ここでも指摘されている事実についてはその通りだと思う。
もちろん相手国側の関税も下がるため、逆のことも起きる可能性がゼロではないだろうが、所得水準から考えても、内需の大きさから考えても関税撤廃で安い商品が大量に入ってくれば、日本では雇用が悪化する方向への圧力が高まるだろう。


池田教授はこの点について

重要なのはGDPを高めることなので、生産拠点のグローバル化を進める一方で本社部門を国内に残す制度改革が必要だ。政府ができる有効な対策としては、法人税の廃止がある。復興特区で新設企業の法人税を時限的に免除するのは、重要な前進である。雇用を守るためには、新興国と競合する製造業に張り付いている労働人口をサービス業に移転する労働市場の改革も必要だ。農産物の高コストや食品の過剰な規制が流通・外食産業の生産性を低下させているので、TPPはこうした改革を促進する上でも重要である

と述べられている。池田教授の評価基準(「重要なのはGDPを高めること」)から考えればこれもまた事実なのだろうが、この評価基準については異論を挟む余地が大いにあるはずである。


GDPを高めることさえできれば、後は政治家が再分配をきちんとやればよいという主張もあるが、そのような再分配が上手くいく保障はどこにもないし、しかもGDPへの影響として定量的に示されている政府の試算ではその経済効果は10年間で2.7兆円であり、GDPの約0.54%に過ぎない。こんな誤差程度のメリットを政府が手を突っ込んで再分配しようとすればその再分配コストですべて吹っ飛んでしまうだろう。(既に農産物の保障3兆円増なんて話もでてるみたいだし、、)


確かにTPPの経済的な影響を評価できるのは経済学者かもしれない。しかし日本にとって重要なのはGDPを高めることなのか、TPPによってもたらされると予測される高GDP、高失業率社会が本当に望ましい未来なのか、を決めるのは経済学者ではなく国民なのではないだろうか?