能力の遺伝が格差を固定する?

いつも拝見しているwasting time?さんのサイトで、「中世よりも格差が固定されている現代社会」と題して、現代における格差の固定の要因を「能力(や性格)の遺伝」に求める仮説が示されている。

より平等ということはより能力に基づいた社会になっているということである。これはいいことのように思えるが、実は危険な面をはらんでいる。残念ながら、人間の能力(や性格など)は遺伝するからだ。そうなってくると確率的には優秀な親から生まれた人間がますます人生で成功する確率は高くなる。
(中略)
能力というものに基づいた階層化が始まっていると考えているのは僕だけだろうか?
(中略)
平等で平和な時代。しかし、それは能力に基づいた格差が固定化しやすいという要素を実ははらんでいると僕は思っている。そうなると社会の停滞感はいっそう強まる。
http://f.blogos.livedoor.com/opinion/article/5545433/


能力が遺伝するかどうかについては多くの研究が存在し、それ自体単独での検証も可能であるが、今回はとりあえず能力は遺伝すると考え、その上でwasting time?さんの仮説がどの程度説明力を持つか検証してみる。


まず、世の中における能力と所得の分布及び遺伝率を以下のように仮定してみる。

1. 高能力の人間の割合を10%
2. 高所得の人間の割合を10%
3. 高所得の人間の50%は高能力
(=高能力の人間の50%は高所得)
4. 高能力が遺伝する確率は30%


この場合、高所得の人間の子供が高所得になる確率はどの程度だろうか?


上記のバランスが安定的であるという前提の下に計算すればその答は約14%である。 単純に計算すれば3世代続く確率は0.3%を切ってしまう。


現実には有り得なさそうな極端な仮定、例えば高能力の80%が高所得、能力の遺伝率70%、で計算して、やっと46%になる。 46%は確かに高いがそれでも3世代続けて高所得になる確率は10%も無いのである。


もちろん高所得の人間は全体の10%と仮定しているので、14%であっても確率としては全体平均よりもかなり高い事は確かであるが、格差の固定化で問題となるのは、一世代で+5%程度の所得の遺伝ではないだろう。

何世代も続いて金持ちは金持ち、貧乏人は貧乏人という連鎖が続いていくのが問題なのであり、遺伝のような確率的な要素が主要な働きをするという仮定の下ではその様な連鎖が起こる確率は非常に低くなる。


上記の考察は非常に単純化されているが、重要な点は能力の遺伝率と能力と所得の相関が共に極端に強くないかぎり、その様な関係は数世代で希釈化されてしまうということである。


恐らく格差が固定される主たる要因は確率的な能力の遺伝ではなく、確実な資産の相続にあるだろう。 しかも能力と違い、資産は代を追うごとに累積されていく為、その分布は対数正規分布型となりどんどん格差が広がっていく。(そして市場メカニズムには全体としてこのような格差を縮小する機能は組み込まれていない。) そうなると資産家の家にぼんくらが生まれ、貧乏人の家に天才が生まれても簡単にはひっくり返らない。 そもそも資産が100億あれば、1年に2,3億稼ぐのに「能力」など殆ど必要ない。 子供でもできる。


よって能力は遺伝するかもしれないし、能力と所得にも正の相関はあるかもしれないが、例えそれらの相関があったとしてもその類の確率的、回帰的な因果関係(能力の遺伝等)を長期的な格差の固定の主たる要因と考えることは難しく、そういった長期の問題を考えるにはより繋がりが強く、かつ累積的な因果関係(資産の相続等)を考察する必要があるということだと思われる。



注1)資産の相続による格差の固定を更に後押しする形で能力の遺伝による影響が存在する可能性は否定できないが、確率的(回帰的)な要素が入る限り、数世代という単位で見ればその影響は資産の相続による影響と比較すればわずかなものだろう。


注2) この考察は能力の遺伝は少なくとも回帰的であるという事を前提としている。 能力が高い人間同志で結婚していけば数世代でとんでもない天才が生まれる(つまり能力差も累積していき、対数正規分布型になる)のであれば、能力による格差の固定も起こりうるかもしれないが、現実世界における能力の遺伝はその様には起こらないと考えられている。(競走馬のように結婚相手を吟味すればその限りでは無いかもしれない(多分無いが)が、現実には能力が高い人間同士が結婚するとも限らない。)


参照)
全体のバランスは変わらないと仮定。

低能力な親 → 高能力な子供  :10% x (100%-30%) / (100% - 10%) = 7.8%
低能力な人間 → 高所得 : (10%-5%) / (100%-10%) = 5.6%

親:高能力・高所得 → 子供:高能力・高所得  5% x 30% x 50% = 0.75%
親:高能力・高所得 → 子供:高能力・低所得  5% x 30% x 50%
親:高能力・高所得 → 子供:低能力・高所得  5% x 70% x 5.6% = 0.19%
親:高能力・高所得 → 子供:低能力・低所得  5% x 70% x 94.4%

親:低能力・高所得 → 子供:高能力・高所得  5% x 7.8% x 50% = 0.19%
親:低能力・高所得 → 子供:高能力・低所得  5% x 7.8% x 50%
親:低能力・高所得 → 子供:低能力・高所得  5% x 92.2% x 5.6% = 0.26%
親:低能力・高所得 → 子供:低能力・低所得  5% x 92.2% x 94.4%

親:高所得 → 子供:高所得 1.395% / 10%

(実際の能力、所得は連続的であるので世代を経て分布が混ざり合うイメージの方が近いだろうが、関係が回帰的である限り傾向としては変わらないだろう。)